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第1話 出掛けの憂鬱

咲原(さきはら)雅仁(まさひと)は、その立派な門の前で足を止め、溜め息を一つついた。 青のお召の着物に蘇芳の羽織を着て、雅仁には珍しい正式な外出スタイルだ。 深い色の着物が雅仁の透き通るように色白の肌に映えて、現実離れしたその美貌を引き立てており、憂いを含んだ重い表情をしているにも関わらず、ここまで来る間に、男女問わず幾人にも振り向かれた。 普段なら鬱陶しく感じる視線だが、今日ばかりはそれを思う余裕もなかった。 ふと出かける前の友人とのやり取りを思い出す。 ◇ ◇ ◇ 雅仁が自宅の離れにある姿見の前で外出着に着替えていると、前触れもなく(ちか)が縁側から部屋に上がってきた。 畳の上に胡坐をかくと、体を横に傾けて雅仁の着替えを眺める。 「よ、(まさ)。……なんだよ、せっかく来たのにこれから出かけんの?」 雅仁は鏡越しに京の暗い赤の髪を見つけ、渋い顔をした。 「京は気楽で羨ましいな」 「いやいや、俺なりに苦労してるよ?今日だってこの後仕事だし。ほら、スーツだろ?」 京はチャコールグレーのスーツを着た両腕を軽く上げる。 「いっそそっちの方がましだ」 雅仁は溜め息をついた。 「どうしたんだよ」 「これを見ろ」 雅仁は文机の上から一通の封筒を京に手渡した。 京が封筒から一筆箋を取り出して読み上げる。 「咲原雅仁様   秋も深まり庭の紅葉が色づきました。   ささやかではありますが酒宴を催します。   是非お越しください。   久しぶりにお会いできれば幸いです。              若草(わかくさ)紅月(こうげつ) ……すげ!総大将じゃん!雅、知り合いだったの?」 大仰に目を見開く京を見て、雅仁はまた溜め息をつく。 「昔住んでいた家で、たまたまお目にかかった。お陰で金の援助をしていただけるようにはなったが……やはり、畏れ多くてな」 「あー。雅の金の出所って、若草様だったんだ。すげー」 「京も行くか?」 「いやいやいや。そういうわけにいかないっしょ。雅頑張ってこいよ」 言われて雅仁は憂鬱な面持ちで羽織紐を結んだ。 ◇ ◇ ◇ 回想と逡巡を終え、雅仁は一瞬息を止めて門をくぐった。 正面には門の格に相応しい広大な日本家屋が建っており、左手には美しい日本庭園が造園されている。 きっと屋内から観たら壮観なのだろう。 雅仁は屋敷に向かうと、玄関脇の呼び鈴を押した。 遠くで涼やかな音色が響き、「はい只今」と女性の声がした。 「御免下さい。咲原でございます」 からから、と玄関が開き、着物の女性が頭を下げた。 「咲原様。ようこそいらっしゃいました。主より承っております」 雅仁は敷居を跨ぐと沓抜に草履を脱いで揃えた。 上がってすぐに広い中庭があり、白石を敷き詰めた中央に見事な枝振りの松が生えている。 天井の明かり取りの窓から夕方の陽光が差し込み反射して、眩しいほどだ。 「どうぞ此方へ。主が待っております」 女性に導かれるままに長い廊下を奥へ奥へと進んでいく。 進むにつれ、息苦しいほどに強くなる妖の気。 奥に居るのが大妖である証だ。 見事な庭園を楽しむ余裕もなく縁側のある廊下を歩み、屋敷の深部らしき辺りまで来たところで女性は足を止め、雅仁に向かって頭を深く垂れた。 「無礼をお許しくださいませ。どうか、ここから先は御一人でおいでくださいまし。あちらの突き当りを右に曲がった、朱塗りの行燈がある御部屋でございます」 よく見ると、女性の足と前に揃えた手がかたかたと小刻みに震えている。 無理もない。 人一倍肝の座っている雅仁でさえ気圧されそうな妖気だ。 雅仁は女性に頭を下げるとその前を通り過ぎて更に奥へと向かった。

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