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ばぁーか(1)
「まだ来てない……」
三十分以上前に恋人の中村にメールをしたのに。その返事がいまだ来ない。
僕は部屋のドアの前を行ったり来たりしながら、携帯の画面を見ては閉じての繰り返しをしている。
「なかむらぁー」
届くはずもないのに名前を呼んでみた。
しんとした部屋が、何だか寂しい。
「中村ぁー!」
だんだんと悲しくなってきて、僕はベッドに飛び込んだ。
ベッドの上で布団を抱きしめたままゴロゴロ転がって、それから携帯を開いて見てみたけれど、やっぱり新着メール届いていない。
「ん~!」
足をバタバタと動かして、手でベッドを何度も叩いてみたところで、スッキリするはずもなく。
「なかむらぁ、」
今日は初めてデートをして、中村は僕を家まで送ってくれて。
「また明日ね」って頭を撫でてくれてたから。
今日は、すごくすごく幸せな一日になったの。
だから。
だから僕は、
『今日はありがとう』
『中村と一緒にいられて幸せだったよ』
『またデートしようね』
『大好き』
恥ずかしかったけれど、素直な気持ちをメールで伝えたのに。
どうして無視するの?
もう家には帰り着いてる頃でしょう?
僕のこと、帰ってすぐに思い出さないの?
「ばかばかばかばか」
「中村のばぁーか」
「嫌いになってやる!」
僕のこと考えてるのなら、メールくらい見てよ。
「ん~……!」
僕はくるんと寝返りを打って、仰向けになった。
「え……」
「林のばぁーか」
仰向けになった僕の視界に入ってきたのは、見えるはずの白い天井じゃなくて、大好きな中村の顔だった。
「ど……して……?」
どうして、中村がここにいるの?
「お前なぁ、自分の世界に浸るのもいいけど、こうやって人が侵入してんの気付かないとか危ないぞ?」
「なん、で……?」
慌てて起きあがり、中村の服を掴む。
「おばさんがすんなり部屋に上げてくれた」
中村はそう言うと、ベッドに腰掛けて、僕の頬に触れた。
中村の笑顔につられ、僕の頬も緩む。
僕は中村の手に、自分のをそっと重ねた。
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