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①Fairy tale
「薪割りが終わったら、窓も拭いておくんだぞ」
継父は眉間に皺を寄せてエルンストにそう指図をすると、今度は打って変わった晴れがましい表情で、ふたりの息子たちに向き直りました。
「さあ、出かけよう。おまえたちならきっと、王子に見初められるだろう」
「もちろんです、お父様」
義兄たちは、その顔に自信たっぷりな笑みを浮かべています。
ふたりは今日のために誂えた立派な衣装に身を包んでいました。
今日はお城で舞踏会が開かれるのです。
しかも、この舞踏会で王子に見初められたら、花嫁になれるのです。
継父は義兄たちを誇らしげに従えて、エルンストには目もくれず、屋敷を出て行きました。
ひとりになったエルンストは薪割りをするため、庭に出ました。
闇夜にはぽっかりと明るいお月様が出ています。
「僕も舞踏会に行ってみたいな……」
お城の方角の空を見て、憧れの溜息を吐きました。
「でも、こんな僕じゃ、お城にさえ入れてもらえない」
エルンストは俯くと、水仕事のせいであかぎれができている指先を見つめました。
ズボンの膝は何度も何度もつぎ当てをしたにも関わらず、擦り切れています。
長年着ている薄いシャツは薄汚れ、寒さを凌ぐこともできません。
月の光に照らされた自分の姿を見て、エルンストは哀しげな笑みを浮かべました。
すると、束の間、月の光がまるで昼間のように明るく輝きました。
「わっ」
驚いたエルンストが思わず目を瞑り、そして、光が弱まったのを感じてそっと目を開けると、そこにはひとりの背の高い男性が立っていました。
「あ、あなたはどなたですか?」
怖々とエルンストが訊ねます。
男は、大きなフードが付いたこげ茶色のローブで全身を覆っており、ただの客人にも見えません。
フードから覗く精悍な顔には無精ひげが生えていて、十七のエルンストより十以上は年上に見えました。
「君の願いを叶えに来た」
男はエルンストの問いには答えず、ただ一言、そう言いました。
その声は深い、静かな海を思わせる、穏やかなものでした。
「僕の、願い?」
「舞踏会に行きたいのだろう?」
そう訊かれ、エルンストは少しだけ頬を染めました。
「でも僕みたいな者では……、お城にも入れてもらえないでしょう」
「だから、私が叶えるのだ」
男はそう言って、ローブの中から手を出しました。
その手には、とても古い木で作られたステッキが握られています。
そしてそれを空に向けて、くるりと回しました。
するとステッキの先から幾千の星が出てきて、エルンストの周りをくるくると廻ります。
「わあ」
エルンストが感嘆の声を上げているうちに、擦り切れたズボンが、薄汚れたシャツが、たちまち絹でできた上等な服に変わりました。
繊細な刺繍が施された濃紺の上着には金色のボタンが輝いています。
襟元には真っ白のレースでできた優雅なリボンタイが結ばれていました。
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