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⑫‐3

***  大学生になった僕は、サンタさんが本屋のお兄さんではないことも、本当は存在しないことも、もう知っている。けれど、本屋のお兄さん――貴島(きじま)さんの口から、そのことが語られることは決してなかった。貴島さんが吐ついた優しい嘘は、今でも僕の心を温め続けている。 「いらっしゃいませ! あ、貴島さん!」  スーツ姿の男性が開いた自動ドアから入ってくる。僕は棚にコミックを補充していた手を止め、駆け寄った。  僕は今、貴島さんがバイトをしていた本屋で働いているのだ。 「秀(しゅう)くん、こんばんは。がんばってるね」  貴島さんは会社員になり、仕事帰りに時折こうして、この店に立ち寄ってくれる。貴島さんのスーツ姿は女性スタッフの間で噂になるくらい凛々しいのだけれど、纏う柔和な雰囲気はあの頃から全然変わらない。  この十年間、僕と貴島さんの交流は途切れることなく続いていた。 「はい! あ、貴島さんの好きそうな本が入荷したんです、こっちです、えっと、これ!」  僕は文芸書コーナーに貴島さんの袖を掴んで引っ張っていく。貴島さんは「どれどれ?」と、僕のあとを付いてきてくれる。 「お、ほんとだ、面白そうだね」  僕が手渡した本を裏返し、あらすじを読んだ貴島さんは、そう言って僕に微笑んでくれた。 「いつもありがとう、秀くん」 「いえ! 貴島さんの読書リストは、すべて僕の頭の中に入ってますから!」  自慢げに胸を張ると、貴島さんが僕の頭を手のひらで撫でた。 「秀くんの頭脳は昔からすごかったからな」 「ちょ、貴島さん、サンタのことなら、もう、忘れてくださいよ!」  貴島さんの子ども扱いに、僕は俯いて眼鏡を押し上げながら唇を尖らせる。昔から分析することが好きだった僕は、今では理工学部の学生だ。 「ははっ。あ、サンタと言えば、待ち合わせはいつも通り駅前でいいかな?」 「あ、はいっ! 来週、楽しみにしてます!」  貴島さんの声に顔を上げると、僕は満面の笑みで大きく頷いた。  クリスマスには貴島さんと晩ご飯を食べるのが毎年の恒例行事になっていて、僕の最大の楽しみだった。子供の頃から続いていた習慣だったので、諸事に疎い僕はこれまでなんとも思っていなかったのだけれど、最近になって、クリスマスに僕と過ごすことが大人である貴島さんの迷惑になっているのではないかと、気になり始めていた。 「あ、あの、貴島さん……」  僕はおずおずと言葉を発した。 「本当にいいんですか? 毎年、大切なクリスマスに僕なんかと食事して……」  すると貴島さんは少し首を傾げて、僕の顔を覗き込んできた。 「秀くんは?」  「え、僕?」 「そう、君はどう思ってるの?」 「ぼ、僕は貴島さんとのご飯がとっても楽しみで、嬉しいんですけど……」  そう答えると、貴島さんはふっと頬を緩めた。 「だったら、君が嬉しいなら、それでいいんだよ」  そう言ったあと、貴島さんは僕の耳元に顔を近づけ、声を潜めた。 「だって俺は、君のサンタさんだからね」 「……っ」  心臓がトクリと鳴った。こんな鳴り方をしたのは、初めてだった。 「じゃ、またね」  貴島さんが背を向けレジに向かう。その後ろ姿を僕は、顔を赤くしたまま見送ることしか、できなかった。 ***『ぼくのサンタさん』終わり

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