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時と場所は変わり、男が一人鼻歌交じりで廊下を歩いている。 ここは北校舎の最上階突き当たり。 男は金色のドアノブに手をかけてその扉を開いた。 扉の上に飾られた室名札に金色に彫られ装飾された文字。そこへ視線を移して、すぐに興味を失ったように開けた室内に足を踏み入れる。 ここは生徒会室。 成績、家柄、容姿と共に全てが優秀であり学園のトップを飾る王者が集う部屋。 そしてこの男もまた、そんな生徒会役員の一員であった。 「おっはよー!つい寝すぎちゃって遅くなっちゃ……あれ?」 「あ、岩村先輩。おはようございます。寝すぎちゃったって、…しっかりしてくださいよ、もう大体の仕事終わっちゃってますし!」 「えーごめんごめん!今いるの快斗だけ?会長と千里どこいったの?」 岩村 流(いわむら ながれ)は扉を閉めながら、いつもと違って静かな室内に首を傾げた。 てっきり腕組みをして鬼のごとく形相をした会長が待ち受けていて、いつまでもいつまでも永遠に終わる事のないしつこい小言を言われるかと警戒していたのに、いざ来てみれば口うるさい会長はいない。 その上静かに論理的に詰めてくる、言ってしまえば会長よりも厄介な人物もいないと見た。 一体これはどういうことだろう、二人揃っていないとなると何か問題でも起こったのだろうか。 岩村は顎に手を添えてふむ、とポーズを決める。 書記の常盤 快斗(ときわ かいと)はそんな岩村の様子を遠巻きに伺いながら、この人は自分大好きだからなぁと顔をしかめながら、あの…と小声で話しかけた。 「岩村先輩、昨日会長が言ってたじゃないですか。聞いてなかったんですか?」 「んー?あー、なんか言ってたっけ?」 岩村は昨日の放課後に行っていた生徒会活動中のことを思い出すが常盤の言うような事は覚えになかった。 そういえば帰る直前に会長がなんか言ってた気がするが、その後の予定のことでいっぱいいっぱいで全然聞いてなかったのだ。 自分のことが好きだと告白してきた、一つ下の後輩に呼び出された後の昨晩のお楽しみを思い出して岩村は口元がにやけるが、おっと快斗が怪訝な顔をしている気をつけなければ。とにやけがおさまらない口元を隠す。 岩村のこの調子にはいい加減呆れ返る常盤は大きく溜息を吐くと書類を岩村に手渡した。 「遊びもいいですけど、ちゃんと話聞いてないと会長にまた怒られますよ? その書類に載ってる転入生が今日から登校なんです。担当は副会長…北条先輩ですね、正門まで迎えに行って今まさに理事長室まで案内をしているところかと思います。 そのままお二人を職員室まで案内して北条先輩の業務はおしまいです。俺たちは…」 「二人?どういうこと、転入生は一人じゃないの?」 「そこからですか?!はぁ…会長が岩村先輩に厳しくなる気持ちもわかりますよ…。 転入生は2名です、ほら書類も二人分用意してあるでしょ?今期の転入生は第二学年に2名なんです。 そのうちの一人が……」 「うわぁ、待ってなにこれ。この転入生きったねえ!うちの校則ってもじゃもじゃよかったんだっけ?あー、でもドレッドヘアとかがいるならこれも許されんのか……」 「……あの、先輩」 「えーやだなぁこんなのが通うって…校則改定してダメにしない?ってかよくこんなもじゃもじゃ面接受かったね、うちって外部からの転入は地獄レベルじゃなかったっけ?理事長相手にどんなコネ使ったのか聞いてみたいわぁ……あっ待って、電話だ。ごめんね快斗、あと頼んでい?会長も千里もいないみたいだし適当に片付けて終わらせちゃいな!それじゃ」 岩村は携帯のディスプレイに表示された名前に目を細め、まくし立てるように言って席を立つ。 言いたいことだけ一方的に言い放ち、渡された書類は机の上に適当に置いて、岩村は常盤の返事も聞かないまま震える携帯を手にさっさと生徒会室を出て行ってしまった。 部屋に一人残された常盤は去って行った岩村の姿に嵐が去ったようだと思いながら深いため息を吐き出した。 あの先輩はまるで人の話を聞かない。机の上に乱雑に置かれた書類を整え、そのまま視線を落とした。 1枚目の書類には、確かに岩村の言う通り清潔さのかけらもないような髪型の男が唯一見える口元に笑みを浮かべている証明写真が載っている。 響巡流(ひびき めぐる)第二学年。常盤と同じ学年だ。成績優秀、家柄は…特に有名企業のご子息とか、そういうわけでもなさそうで母子家庭。金銭的に余裕があるとは到底思えないが持ち前の頭脳で特待生制度を取ったようだ。クラスはA、自分とは違うクラスだった事に戸際はほっと息を吐いた。 しかし、問題は次なのである。岩村は全然聞いていなかったが今ここに会長がいない直接的な理由でもある。常盤は書類をめくった。 「浅葱、」 そのよく知った苗字と、写真に写る見知らぬ男の姿に戸際の胸がざわつく。 なんだろう、この嫌な予感は。何かが始まるような、そして今まで築き上げてきたものが崩れてしまいそうな。ふとそんな気がして、いやそんなものはただの妄想に過ぎないと首を振る。 …俺はただ、この平和で平穏で何でもない毎日がこれから先もずっと続けばそれだけでいい。 「…ずっと、会長の元で。…浅葱先輩と、ともに」 あの人にまるで似てない顔で笑うこの男に、何故だか無性に腹が立つ。 何年もかけてようやくあの人の近くまで来れた。なのにそれを嘲笑うかのように、突如現れ血縁者だというだけで無償であの人に愛される新たな登場人物に、常盤は確かに怒りを感じていたのだった。 嫉妬の炎に焼かれてしまいそうな自分を嘲笑するように、窓の外では木々が風に吹かれ揺らめいていた。 .

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