23 / 31
1-15
「おい、貴様そこで何をやっている。今は授業中のはずだが」
威嚇するような殺気立ったその低い声は聞く者に恐怖を植え付ける。静かな廊下にピリッとした緊張感が漂い、徐ろに踊り場から見上げるように顔を上げた。
黒い腕章と黒髪が光りに当てられ影が色濃く浮き上がる。
鋭い目つきが俺を見下ろしていて、その影の深さに眉間にしわを寄せた。
朝っぱらから嫌なもんを見てしまった、というか学期の始まりからこんな縁起でもない…。ため息を吐く。
俺を俺と認識したその男は怪訝そうに顔を歪めると、てめぇか。そう呟いてこちらまで聞こえるくらい大きな舌打ちをした。
「なんでこんなところにいる。てめぇにはやるべき事が山のようにあんじゃねえのか?」
「人のこと気にしてる場合かよ。お前こそ何やってんだよ、見回りか?それにしては随分お粗末な仕事してるんだな、風紀委員は」
「はっ。自分らのことは棚上げか。会長様もずいぶん偉くなったもんだな」
ニコリともせず見下すように目を細めて言う男。随分と偉そうではあるが何しろ、この学園の風紀委員長様だ。
肝の据わってた目とその減らず口はさすが高等部を取り締まる風紀委員のトップ、ってところか。
加賀谷 影理(かがや かげり)。
高等部3年、風紀委員長を務める男で鬼の風紀委員長とは正に彼のことだった。
「連絡はいってるんだろ、下の第二数学準備室でレイプ未遂だ。加害者側の生徒が一人逃げた」
そう話しながらも、見下ろされるのが気に食わなくて階段を上って加賀谷と目線を同じくさせ対峙する。
そう大して変わらない身長と体格が加賀谷にとっては気に入らないのか、元々皺の寄っている眉間にさらに濃い皺を寄せて俺を強く睨みつける。というかもはやガンを飛ばされてるのだが、加賀谷とも数えれば既に長い付き合いだ。今さらその迫力にビビったりなどはしない。
しかし加賀谷が三階の廊下から出てきたという事は、レイプ犯がこちらに逃げたのではないかという俺の見立てはハズレだったか。
それだったら二階か、四階か。いやこの先は風紀に任せるべきかと思案していると廊下の影からひょっこりと鈍く輝く金色の髪の毛が顔を出した。
「影理ぃ。吐かせたけどやっぱビンゴみたいだよー…って、あれ?生徒会長じゃーん!」
こんなところで何やってんの?
何が面白いのか、けらけら笑いながら軽快な足取りで距離を詰めて問いかけてくるのは加賀谷と同じく黒い腕章を付けた風紀委員だった。
間延びしたような話し方と薄っぺらい笑みが特徴的なこの男の名前は清原 聖希(きよはら さとき)という。
加賀谷と同じ風紀委員であり副委員長を務めている。学年は俺や加賀谷と同じく3年生だ。
「あっもしかしてあれ?レイプ犯追いかけたりしてきたぁ?」
「…そうだが」
「ええーまじで!追いかけてくるにしたって遅すぎだろ〜意味皆無だよ?生徒会の皆さんちゃんと仕事してくれないかなぁ」
馬鹿にしたように腹を抱えて笑う清原。
挑発するようなその台詞にすうっと頭が冷えていくが、いや今更こいつにキレたところで何になるんだ。そう思って落ち着こうとはするけれど、実際には苛つきが顔に出てしまっていたようで、清原は何も言わないでいる俺の顔を見るなりに、おかしそうに笑いながら俺の肩をバシバシと叩く。
清原のこれは今に始まった事ではない。元々悪気があるのかないのか、とにかく人の顔を見れば煽りに煽ってくるようなやつなのだ。相手にするだけ時間の無駄でしかないと言うことは俺だけでなく、もはや周知の事実である。
そう、相手をするだけ無駄なのだ。わかってる。わかってはいるのだけれど。
肩に触れる清原の手を振り払う。目を丸める清原を強く睨みつけた。
「触んな」
「ひゃー!!会長怖ぁ!物騒だよ〜」
おっかないねぇ、とカケラも思っていないような事を口にしながら清原はそのまま俺から距離をとって加賀谷の隣に立つ。その間、なにも言わずただ腕を組んでじっとこちらを睨みつける加賀谷。ニヤニヤと笑う清原の2人に深い溜息をつきたくなる。俺はなんでこいつらに絡まれてるんだ。ただレイプ犯を追いかけてきただけだというのに。
「…それで?そこまで強く出るんだ、お前らが逃げた奴を捕まえたんだろうな」
ここまでうちをコケにしてきたんだ。やる事はやっているんだろう。そう続けて言えば清原のドヤ顔が現れる。まるでその言葉を待っていましたと言わんばかりのその表情に、ああ本当ムカつくやつらだ。これだなら風紀とは関わり合いになりたくないんだと深いため息を吐き出した。
ともだちにシェアしよう!