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 正直、今すぐにでも匙を投げて逃げ出してしまいたい。  翌日、校門が開く時間に合わせて俺は朝早くから生徒会室に向かった。途中、コンビニで作業をしながらでも食べられるおにぎりや惣菜パンをいくつか買って。  まだ誰もいない校舎は相変わらずシンとしていて……、まあ、誰かに出くわすよりはマシか。人っ子一人いない状態に慣れてしまった俺には、この状況は何故だかとても落ち着いた。 「よしっ」  生徒会の仕事は主に紙媒体の書面とパソコンでの情報処理との二つがあり、重要書類は基本的に外部へ持ち出すことを禁止されているため、書類関連の仕事は生徒会室でのみ出来る。  一枚一枚、隅々まで書面に目を通して会長の認印を押していく。本来ならこの作業とイベントや行事を主立って進行させたり執行部メンバーを取り纏めるのが生徒会長の主な仕事で、情報の処理や雑務は他のメンバーに頼めるんだけど、生憎(あいにく)、現時点の俺は全ての仕事を一人で熟さなきゃいけない。  本来なら書記が作成した書類を確認するその作業も自分で作成した書類の間違いがないか隅々まで確認し、それに認印を押していく。書類は昨日なんとか完成したもので、見直し作業を兼ねている。 「これはオッケー、と」  書類に目を通すだけでかなりの時間が掛かってしまい、思ったように仕事ははかどらなかった。  早々と本日、一杯目の珈琲を飲む。朝食でもある野菜サンドとカツサンドにかぶりつきながら、書類を汚さないように慎重に、そして黙々と認印を押していく。  もともとかなり目が悪い俺だけど、会長になってから更に悪くなった気がする。何度も眼鏡を持ち上げて目を軽く押すように揉みほぐしながら、俺は黙々と作業を続けた。  当然のように、今日も誰かが来るような気配はない。多分今日も一人で仕事を熟して、夜遅く寮に帰る生活を送るんだろう。 「あれ、今日も一人?」  その時、入口付近で誰かの声がした。  柔らかな笑みを整った顔に浮かべたその人は、前会長の橘肇(たちばなはじめ)先輩だ。顔が小さいためか普段は特に意識しないけど、先輩は鴨居に頭をぶつけそうなほど背が高い。  一切手を入れてないはずなのに、その黒髪はサラサラと本当に音を立てて揺れそうだ。微笑み王子と呼ばれている先輩は何より柔らかな笑顔が印象的で、男には全く興味がない俺でも思わず見惚れてしまう。 「……え、と。朝は俺だけが仕事をしてるんです」  なんとかごまかすようにそう言うと、先輩はポンポンと俺の頭を軽く叩いて困ったような顔で笑った。

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