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04 要side (書記)

 正直、ここまで大変だとは思わなかった。 「ねえ、かいちょ。新歓のスピーチってなに喋んの?」  俺は初等部、中等部と会長だったし、高等部でも当然のように会長をやるのだと思っていた。念願叶ってようやく会長の座に着いたのに、何故だか胸の中にはもやもやが残る。  高等部の生徒会が会長になる生徒には一年生の時に補佐役を任せ、生徒会の規律や運営の流れを把握させることを俺が知ったのは羽柴が会長の座に着いた当日、つまりは二年生になったばかりの始業式でのことだった。  一年生の頃の俺はそんなことも知らずに遊びほうけていたんだから、悔しいが自業自得だと言われてもしょうがないのだ。  初等部と中等部は高等部とは違い、基本的に最上級生が会長になった。おまけに学園側からのサポートもあり、生徒会の仕事もそれほど大変じゃなくて。  だがしかし、高等部は初等部や中等部とは全く違い、二年生のメンバーを中心に生徒だけで活動して行くことになる。それは三年生になると大学受験があるからで、うちはエリート校だけあって東大受験をする生徒も多い。生徒会メンバーに選ばれるような生徒は当然、東大受験をするような生徒だしで、三年生になると生徒会の仕事をする暇なんかないのだ。  つまりは大学受験に専念出来るようにと、必然的に二年生が中心となって活動することになる。会長候補の一年生に会長の補佐役を経験させて、運営の流れや仕事内容を把握させるのはこのためだ。  高等部は初等部や中等部とは違って学園側からのサポートはなく、俺は会長になって初めて途方に暮れた。仕方なく前会長に頭を下げて仕事内容や運営の流れを教わったが、その時、普段は穏やかな彼に言われた言葉が忘れられない。 『先に一言いい? 君が一年生の時さ。僕は、真っ先に君に補佐役を打診したんだよ? それは君こそが次期会長に相応しいと思ったから。だけど、君ににべもなく断られてしまったから、僕は仕方なくその時学年首位だった一年生に打診したんだ。この意味、(さか)しい君にはわかるよね?』  決して俺を責めるでもなく、あくまでも穏やかな笑顔を絶やさずそう言われた。それが俺には、お前は会長になる器ではなかったと言うことだよと、そう聞こえて。  前会長は結局それ以外は何も言わず、だいたいの流れを教えてくれたが、書類を手にして。会長用のパソコンを開いて。前会長に聞かずとも、だいたいの流れを把握出来ることに気がついた。  全ての書類に付箋のメモが付いていて、どんな書類なのかが事細かく記されていて、提出期日も添えられている。書類は処理済と進行中に分別した上でわかりやすく整理してあるし、パソコンはファイルを開くと仕事の流れが表示されるようにプログラミングされていて特に困ることはなかった。  羽柴が俺達がいつ戻って来てもいいように準備してくれていたことが明らかで、しかも直ぐに新歓の仕事に取り掛かれるように毎週末が締切の仕事も既に終わらせてあった。その仕事量は半端なく、リコール後に戻って来た他のメンバー達と分担しても相当な量で。  仕事に慣れないせいだから仕方ないよと椿野は笑ったが、この量の仕事をこの一ヶ月間、羽柴はたった一人で熟している。ふと、酷い顔色をしていた羽柴の顔が脳裏を掠めた。羽柴の眼鏡の下には、真っ黒なクマが隠れていた。  脳裏にぶわっと浮かんだビジョンは、大量の珈琲で汚れた机の上とキーボード。そして、何故か会長の机の上にあった、同じく珈琲で汚れた小さなテディベア。 「……かいちょ?」 「あ、ああ。悪いどうした?」  日向に呼ばれて我に返る。そう言えば日向は俺が会長になってから、俺のことを『会長』と呼ぶようになった。羽柴のことはずっと苗字呼びだったのに。 「新歓のスピーチ」  そう言われて思い出した。現在進行中の書類の山を探る。 「お前、新歓の意味知ってるか?」 「新入生歓迎会でしょ。それくらい知ってるよー」 「なら分かんだろ」 「なにが?」 「新歓のスピーチで何を喋りゃいいか」 「???」  やっと見付けた原稿を日向に手渡した。 「なにこれ?」 「書きかけのスピーチ原稿」 「え。かいちょが用意してくれたの?」 「いや、俺じゃない」  その原稿は羽柴が恐らくは日向のために書いたもので、羽柴が普段使っている言葉遣いで、いかにも日向が新入生に言いそうなことが途中まで書かれている。 「そこのメモに、どんなスピーチにしたらいいか書いてくれてるだろ」 「……スピーチ原稿があったのって、俺だけ?」 「まあな。お前には書けないって思われたんだろ」  新歓では一年生を歓迎するスピーチをすればいいんだよ。そんな当たり前のことを日向に言ってやる。  日向は悪いやつではないが試験の成績も悪く、本来の意味でのバカだ。そんな日向にでも分かる原稿を書こうとしていた羽柴。俺には、はたしてこんなことが出来ただろうか。  悔しいが、格の違いを見せ付けられたような気がした。

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