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03 絢人side (同室者)

「どうした、口に合わないか?」 「あ、いや。普通に美味いよ」 「よかった。ちょっと作りすぎたから、腹一杯食って貰えると助かる」  なにこれ。俺らは新婚カップルかっつーの。 「ただいま。羽柴、起きてるか」 「お帰りー」  俺が学校から帰ったら、同室になったクラスメートでもある羽柴が出迎えてくれた。 「夕飯、食うよな? すぐに用意出来るからリビングで待ってて」  そう言われ、リビングに入って驚いた。 「テディベア……」  散らかり放題だった和室が綺麗に掃除されていたのは勿論、地味な和柄の座布団はカラフルでポップな柄に変わっていて、飾り棚や和箪笥(わだんす)の上にはレトロな和柄のテディベアが乗っている。無機質だった和室が和室の雰囲気は崩さず、レトロでお洒落な部屋へと模様替えされていた。  正直、羽柴は少し無愛想(人見知りっつーの?)な普通の男で、こんな意外な一面があるのを初めて知った。とは言え羽柴は毎日生徒会の仕事に追われていて、休み時間はずっと教科書を広げていたし、昼休みは予鈴のチャイムが鳴るまで教室に戻って来なかったっけ。  髪をセットする暇もないのか伸び放題の髪にはいつも酷い寝癖がついていたし、長い前髪は黒縁眼鏡の半分を隠していて、その素顔を見たこともなかった。  今、目の前にいる羽柴は寝癖こそないものの、相変わらず長い前髪は眼鏡を半分隠している。 「見にくくない?」 「ん?」 「前髪」 「ああ。切りに行く暇がなかったから……、あ。そうだ。槙村、週末は暇か?」 「んー、土日は剣道部の朝練があるけど。午後からなら大丈夫」 「じゃあさ、悪いけど午後から買い物に付き合ってくんない?」 「買い物?」 「そ。それと散髪。次に登校する前に、人間らしさを取り戻しとこうと思って」  確か羽柴は前年度の生徒会長に補佐役を任され、その延長で会長になったんだっけ。毎年、生徒会の経験がある二年生が前年度の会長から任命されて、会長になるとかなんとか言っていたような気がする。  本来、一年生のうちから補佐役を任されるのは、会長になる器を持っている生徒だろう。だから当然のように今まではなるべき者が一年生では補佐役を勤め、二年生で会長になって来た。  それが今年は、何の因果か誰にも注目されていなかった普通の生徒がなったもんだから、不信任案がたちどころに沸き起こり、とうとう羽柴がリコールされた……、ってとこか。  会長になる器と聞いて頭に浮かんだのは、中等部時代の会長で、今年度の書記の鷹司だ。確か初等部の時も会長で、当然、高等部でも俺らの代は鷹司が会長になると思ってたんだけど。  思った通りに羽柴がリコールされた後は鷹司が会長になったから、内部で何かあったのかも知れない。  ……あれ?  そういや、鷹司って一年のとき補佐だったっけ?  羽柴が一年の時に補佐だったってことも知らなかったけど。 「いいよ。付き合うよ」 「マジで? 助かる」  それにしても美味いな、これ。俺も最近、それなりに料理をするようになったけど、この料理は俺のとは比べものにならない。  もしかして、これからは毎日これが食えるんだろうか。そんなことを考えていると新婚カップルの(くだり)を思い出し、俺は思わず笑ってしまった。  見た目は普通に男だし、身長は高二男子の平均身長よりも少し高いくらいだ。そんな羽柴がいい嫁さんになりそうだなんて、最近の俺はどうかしている。  なんたってこいつ、よく見ると可愛い顔をしてるんだよな。眼鏡と前髪で隠れてるけど、可愛いと言うか美人と言うか。 「夕食の用意をしてくれたから、後片付けは俺がするよ」 「マジで? やったー。けど、俺も手伝うよ」  二人でキッチンのシンクの前に並んで立ち、 「貸して」  羽柴が俺の洗った食器を拭いて行く。鼻歌混じりの羽柴はいつも眉間に刻んでるしわもなく、とても穏やかな表情をしている。  ……やば。なんか、胸がドキドキして来た。  なにこれ。マジで新婚じゃん。  その日から俺の中で羽柴に対する気持ちが、何がどうとは一言では言い難いんだけど。とにかく、明らかに変わったのだった。

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