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05

 俺が会長に戻ったのは昨日の今日で、引っ越し荷物もまだ片付いてはいない。家電や家具、食器類は備え付けだとは言え、大事なミシンや身の回りの物はわりとある。  取り急ぎ衣類だけはクローゼットに仕舞い、筆記用具や教科書は書斎に、学校に持って行くものは鞄に入れて枕元に置いた。それ以外の荷物は段ボール箱に入れたまま、リビングの隅に山積みになっている。  取り敢えず必要な時に必要な物を引っ張り出し、それを使った後に片付けるようにはしてるんだけど。  鷹司も急な引っ越しでバタバタしていたようで、きっと宝物だろう天体望遠鏡をベランダに忘れてしまっている。今はちょうど夕日が綺麗な夕暮れ時で、星が出るにはまだ小一時間は掛かりそうだ。  それでもなんとなく鷹司が何を見ていたのか知りたくて、俺は置き去りにされた望遠鏡を覗いてみた。 「やっぱ空かあ……」  日向のように(日向ごめん)誰かの部屋を覗いていたような形跡はなく、焦点は真っすぐ空に向かっていた。時間が時間だけに星は見えず、見えるのはまだ燃えるような夕暮れの雲だけだが、望遠の倍率はそんなに高くはないようだ。  大きさや立派さから月のクレーターもくっきり見えそうなのに、意外にも遠目で一画を、恐らくは星座を一つ眺められる位置で固定されている。 「鷹司って、意外にもロマンチストなのか?」  そう思うと、いつも仏頂面で眉間にシワを寄せている鷹司のことが可愛く思えたりなんかして。 「仕方ない。星が出るまで片付けでもするか」  夕飯はまだだけど、一人だと食欲がわかなくて、先に荷物を片付けることにした。 「よっこらせと」  取りあえず、段ボール箱をそれぞれの部屋に運び込んでみたが、それだけでかなりの時間を要した。槙村の部屋に引っ越した時は槙村が手伝ってくれたのもあり、実質的に半日で片付いたんだけど。  今日は段ボール箱を各々の部屋に振り分けるだけにして、そろそろいい時間だし、ベランダに出てみることにした。 「わあ……」  久しぶりに見たその景色に、ベタだが声を失ってしまった。  リコール前はゆっくりする時間もなかくて、この景色をちゃんと見るのは、生徒会の仕事が始まる前に見た一ヶ月以上ぶりだ。  学生寮が小高い丘の上にあることもあり、眼下には百万ドルまでは行かないかも知れないが、それなりに綺麗な夜景が広がっている。この景色は特別棟の最上階だからこそ見えるもので、槙村の部屋では見られなかったものだ。 「どれどれ……」  満を持して望遠鏡を覗いてみると、 「これ、何座なんだろ」  思った通り、何かの星座らしい星の群が見えた。  星同士が繋がっている線が見えるでもないし、星座にも詳しくないしで、この星座が何座なのかは俺にはわからない。けど、この星座は鷹司にとっては特別で、何かしらの思い入れがあるものなんだろう。  この時、初めて鷹司を知りたいと思った。鷹司は生徒会には戻ってくれたけど、仕事以外では話したこともなく、ちゃんと和解したとは言えない状態だからかな。  佐倉の次に謝ってくれたのは副会長の椿野で、椿野はリコール前も俺のことを気にかけてくれていたようだった。ただ、佐倉が来てからは佐倉に嫌われたくないのもあり、自分達がサボっていると言い出せなかったらしい。  日向ともすぐに和解したし、庶務の二人もそれぞれこっそり謝ってくれた。鷹司だけが相変わらずの態度だったけど、それでも率先して仕事をしてくれている。  この分だと、週末開催の生徒会主催の新歓も上手く行きそうだ。 「あ」  その時、腹の虫が鳴り、俺はようやくキッチンに向かった。鷹司が買い直してくれた食材を有り難く使い、簡単なもの作って口にする。  槙村の部屋ではダイニングテーブルは使わずに、テレビを見ながらちゃぶ台で食事をした。 「……味は悪くないはずなんだけど、なんか味気ないな」  引っ越し初日にも関わらず、早くも槙村と二人で囲んだちゃぶ台が懐かしかった。

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