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[第5章]ラブレター
結局、三人と槙村は追加で作った寄せ鍋を含めた三つの鍋を食い尽くして帰って行った。槙村と日向も最初は(主に槙村が)探り探りの状態だったけど、最後は皆で協力してくれて、なんとか荷物の段ボール箱も全部片付いた。翌日、
「えっ、嘘。日向達、羽柴の部屋に行ったの?」
「水臭いなあ、俺も誘えよ! のけ者みたいで淋しいじゃん!」
どうやら椿野は熟睡、佐倉は外の仲間に会いに行っていたようで、それぞれ残念そうにそんなことを言われた。ほんの何週間か前まで誰もいなかった生徒会室の皆の中心でわいわいやってることが、くすぐったくて照れ臭くてしょうがない。
鷹司とは相変わらず仕事の話しかしないけど、誰よりも協力的なのは鷹司だったりするし。例の望遠鏡は返すと言ったら、俺は見ないからお前にやると言われてしまった。
「ちょ、お母さんの形見のものなんだろ」
「は? 別に形見じゃねえよ。母さんが死んだ後に、父さんに買って貰ったもんだし」
そんなやり取りの後に、
「お前は今まで星を見る暇もなかったんだろ。いいから貰っとけ」
鷹司はそう言ったけど、さすがに形見じゃないにしろ、亡くなったお母さんの思い出が詰まったものを貰うわけにはいかない。そう言うと取りに行くのが面倒だと言われ、持って行くと言えば重くて簡単には運べないぞと言われて。
結局、会長の任期の間だけ鷹司から借りることになった。それが鷹司流の不器用な好意だと知ったのはずっと後のことで、とにかくその日から毎日夜空を眺めることが俺の日課の一つになったのだった。
そろそろ5月に突入しようとする空は気まぐれに、突然雨を降らせる。一雨 ごとに暖かくなる気候を感じる余裕が出て来たことを、俺はこっそり噛み締めた。
今週末がちょうどゴールデンウイーク初日で、新入生歓迎会はその前日、28日の金曜日に開催することに決まった。新入生が入学して半月以上が経つが、毎年、生徒会の入れ代わりや仕事量を考慮するとどうしても月末になってしまう。
企画は全員で話し合った結果、手紙を渡す企画をメインに開催することになり、当日に開催する企画については生徒会役員へ何でも質問出来る質問企画に決まった。
それは佐倉がずっと口にしていた『生徒会役員は憧れ』って一言が引っ掛かっていたからで、俺は自分が役員じゃなかったとしても別に案内して貰いたいとは思わないが、俺みたいなやつはほんの一握りで大半は佐倉の言う通りだと気付いたからだ。
試しに今日、S組以外の全校生徒にアンケートを取ってみたが、例の鬼ごっこに関しても否定的な意見は殆ど見られなかった。特にバンビとかチワワと呼ばる一部のエスカレーター組の生徒にとって生徒会役員と交流出来るのは、佐倉の言うようにご褒美とも言えるのだと知った。
そのアンケート結果から鬼ごっこは安全面を考慮して開催出来兼ねるが、役員と交流出来る機会を設けることになったのだ。
「手紙を渡す、か」
「ん? 羽柴、どったの?」
「あ、いや。企画のタイトルは何にしようかなと思ってさ」
「タイトル?」
「ああ」
『上級生に手紙を書こう企画』だとそのままだし、『春はあけぼの贈答歌企画』とか?
てか、なんだそりゃ。
当然だけど企画にはタイトルを付けなくてはいけないが、肝心のタイトルが思い浮かばない。
「……んー、会議にかけるか」
思わずぼそっとそう呟くと、
「ラブレター企画でいいんじゃない?」
思い掛けず椿野がそう横から口を挟んだ。
「好きな上級生に手紙を渡して案内して貰うんでしょ? 好きな上級生なんだからラブレターでいいんじゃない?」
「や、それは……」
「羽柴は深く考えすぎなんだって。全寮制の男子校、初等部から男だらけって学校の特徴を考えてもラブレター企画は盛り上がるよ、きっと」
「そうか……?」
「うん。役員に渡すのも好きなタイミングでいいんじゃない? 投函箱なんか設けなくても廊下で手渡しでいいし、休み時間に教室で手渡してもいいし。そもそも他のクラスからS組には近付きづらいようだけど、この企画だと堂々とS組に来られるしね。親衛隊にも手紙に関しては手出し無用って通達しとけば、隊員から意地悪をされることもないだろうし」
椿野の話に目から鱗が落ちた。他のメンバーの机の中や下駄箱がいっぱいになるのを見越して投函箱の案はいいと思っていたが、そう言えば期間を無期限にしたことで自由度が増したんだった。
机の中や下駄箱がいっぱいなら出直したり他の方法で手渡せばいいわけで、なんなら外のポストから切手を貼って投函するのもいいかも知れない。
「羽柴さ。今まで一人で仕事して来たからしょうがないかも知れないけど、僕らも一応は役員だからさ。一人で背負わないで僕らに相談してよ。頼ってよ」
続いてそう言われて胸がジンとした。確かに一人じゃここまで出来ないだろうし、ボイコットされたままだとどうなっていたことか。
椿野のその一言は、素直に嬉しかったし有り難かった。
やばい。鼻の奥がツンとする。
「あー、副会長が羽柴泣かしたー!」
「え、あ、嘘。どっ、どうしたの?!」
「浅葱 、喧嘩はいけないんだぞ!」
「羽柴、大丈夫?」
「泣いちゃ、ダメ」
鷹司だけはパソコンに向かったままだったけど、こちらを気にしてくれているのがわかる。
この時初めて、生徒会長を引き受けてよかったと心の底からそう思った。
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