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「どうぞ上がって」  最上階フロアに降り立ってから『すげー』しか口にしなくなった槙村が、俺の部屋に入った途端、あんぐりと口を開けて固まってしまった。槙村の気持ちはよくわかる。  この部屋ってさ、最高級ホテルのロイヤルスイートみたいな造りだもんな。  調度品こそ学生らしくシンプルなもので揃えてあるが、全てが高級ブランドのもので、ソファーセットは三百万はするんじゃないだろうか。黒い革張りのそれは坐り心地が抜群だけど、俺は革張りが苦手でカバーをかけてある。  しかも恐らくは会長が一番いい部屋で、まあ、他のメンバーの部屋は見たことないんだけど。前会長の肇先輩が書斎は生徒会長の部屋にしかないと言ってたし、特別棟の中でも最上級に特別な部屋なのかも知れない。 「適当に座ってて」 「……お邪魔します」  借りて来た猫状態の槙村に思わず笑ってしまった。俺も初日は槙村と同じ状態だったから、笑える立場じゃないんだけどな。  俺がいつも泊まっているのは普通のスイートルームで、恐らく槙村はロイヤルスイートには泊まったことがないんだろう。 「……すげえな」 「すごいよなあ。エリートって」  俺もそれなりのエリートだけど、俺んちはどちらかと言えばセレブの中では質素な暮らしをしている方だ。  うちの両親の会社はボランティアや環境問題に力を入れていて、毎年多額の寄附をしているから自宅も質素で鷹司や他のエリート組のとは比べ物にならない。 「とにかく、とっとと片付けちまうか」 「あ、ちょっと待って。槙村、腹減らない? 俺、昼から何も食ってなくてさ。先に夕飯にしようと思うんだけど」  俺の提案で、片付けは後ですることにして、まずは食事にすることにした。 「俺も手伝うよ。今日は何にするんだ?」 「今日は買い物してなくてさ。悪いけど鍋でいいか?」  本当は槙村の部屋のちゃぶ台かこたつでしたいんだけどなと言いつつ、槙村には大根をおろして貰うことにした。 「どれくらい擦ればいい?」 「んー、すり鉢一杯か二杯分ぐらいかな。とにかくいっぱい。豚肉と白菜のミルフィーユみぞれ鍋にしようと思って」 「了解」  俺は未だすり鉢勘定で量を(はか)っているが、会長の部屋に備え付けてある最新式の家電に掛かれば、大根おろしも一瞬で出来る。 「次は?」 「こっちはもう煮込むだけだから、食卓の用意を頼む」 「どこに?」 「どっちがいい? ダイニングとリビング」 「んー、リビングがいいかな。羽柴、夜景が最高だって言ってたから見てみたい」 「じゃ、リビングに頼めるか?」 「了解」  槙村と暮らしていた頃に戻ったようで、顔のにやけが治まらない。やっぱ俺、一人部屋に戻って淋しかったのかも知れないな。  そんなことを思っていたら、この部屋で暮らし始めてから初めて、来客を知らせるインターホンが鳴った。 「…………」  思わず槙村と顔を見合わせる。同じフロアだけど他のメンバーが来たことはないし、最上階に自由に出入り出来る肇先輩か橘かと思って玄関のドアを開けた。 「こんばんは。ねえ、羽柴。引っ越しの片付け済んだ?」 「……手伝う」 「あ、なんかいいにおいするー」  すると日下部の後ろに不知火が、その背後から日向がひょこっと顔を出した。どうやら三人は引っ越し荷物の片付けの手伝いに来てくれたようで、思い掛けない出来事に、俺はドアノブを手にしたまま固まってしまう。 「あ、えとまだ。夕食後に片付けようと思って。その、入るか?」 「お邪魔しまーす……。あー、槙村だあ」 「げ。日向」  同じクラスの人気者同士だが、スポーツマンの槙村とチャラ男の日向は殆ど交流がない。日向は全く気にせず、 「あー、お鍋だあ。なになに。カニ? フグ?」  リビングにずかずか入り込んで、鍋の前のソファーに座った。 「お前らも食うか? 帰りに食べて来たかも知れないけど」 「食う」  間髪入れない不知火の一言に苦笑しつつ、もう一つ大きめの鍋を用意して、冷凍してある手羽先と鶏つくねでみぞれ鍋を作ることにした。 「……美味い」 「そうか? よかった」 「ほんと。すごく美味しいね」 「おかわりー」  どうやら舌の肥えた三人にも好評なようで、ホッと胸を撫で下ろす。 「ねえねえ。これってもしかして羽柴が作ったの?」 「ああ、うん。まあ一応」 「すごい! お鍋って作れるんだあ」  そんな日向のおバカ発言に苦笑いつつ、どうやら皆と打ち解けられたようでホッとした。こうなるとここに鷹司と椿野、佐倉の三人がいないことが残念だけど仕方ない。  その時、 「あれかあ。鷹司が忘れた天体望遠鏡。あれって、鷹司のママンの形見のようなもんなんだよね?」 「え」  ベランダにある望遠鏡に目線を移した日向が、つくねを頬張りながら何気なく言った。 ……マジか。  それって結構、爆弾発言なんだけど。やっぱ早めに返さなきゃだ。

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