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11 晴side (新入生)

 その企画を羽柴様の口から発表された時、直感的にこの時を逃しちゃだめだとそう思った。ただでさえ羽柴様は生徒会長で、僕なんかの手が届かない所にいる人だ。  僕が高校受験で柴咲学園を選んだのは、父さんの海外赴任に母さんが着いて行くことに決まったからだった。僕の家族は両親と僕との三人家族で、それを聞いた時、僕は直ぐに僕も行くとは言えなかった。  父さんの赴任先は海外と言っても英語圏じゃなく、高校受験を間近に控えた僕の目の前には高校への進学問題だけじゃなく、言葉の壁も立ち塞がっていたから。  結局、僕は日本の高校に通うことに決め、学生寮のある高校を検索していて見付けたのが柴咲学園で、柴咲学園には全額支給で返済不要の奨学金制度があった。幸いにも僕の成績は学年首位で、柴咲学園高等部は合格圏内だ。  おまけに写真で見た学校や学生寮が綺麗だったから、よく考えずに受験してしまった。受験の出願届を出し、下見に行ってとんでもないお金持ちの学校だと知ったけど、必要なのは生活費だけで、学校生活に必要な費用は全て支給される。 その至れり尽くせりなところは正直、とても魅力的だった。  結局は柴咲学園の他にも返済不要の奨学金制度がある学校を受け、そちらを本命にしていた。だがしかし、柴咲学園の受験の日にとても親切な先輩に出会って本命を柴咲学園に変え、今に至る。 「……嘘。これ、羽柴様からの手紙?」  きっとこれは夢に違いない。半信半疑のまま、僕は郵送で届いた手紙の封を開けた。  受験の日は記録的大雪が降り、柴咲学園が小高い高台にあるのもあって、受験会場の学校に行くまでもとても大変だった。なんとか時間ぎりぎりに学校に着いたものの、方向音痴の僕には受験会場の教室がどこかがわからない。 「君、受験生だよね?」  大きな校門の前で途方に暮れていると、一人の在校生がそう声をかけてくれた。その先輩は生徒会の腕章をつけていて、僕を試験会場の教室まで連れて行ってくれたのだ。  その後、   「これ、合格祈願のお守り。頑張ってね」  別れ際にそう言って手渡されたのは小さなテディベアのキーホルダーで、それは僕の宝物になった。もう一つの高校も合格していたけど、僕はこの出来事があったから柴咲学園に進学を決めたのだ。  羽柴様からの手紙の封筒は控えめだけど趣味のいい落ち着いたもので、封筒を破らないで封を切ろうと手が震えた。羽柴様は字も控えめで、決して主張するものではないけど人柄が現れている実直な文字だ。  『手紙をありがとう』から始まる手紙は僕が書いた手紙にも触れていて、最後に『喜んで案内させて貰うよ』との文字と一緒に、案内してくれる日の日付と待ち合わせ時間、待ち合わせ場所が記されていて。 「うそ……」  羽柴様がくれたキーホルダーと便箋を握りしめ、思わずその場で固まってしまった。どうしよう。新歓の企画に乗じて、勢いで手紙を書いてしまった。すごく嬉しいけど、何を話せばいいんだろう。  実は、僕が全寮制の男子校である柴咲学園を志望校にしたのには、もう一つ理由がある。それは柴咲学園に入学したら彼氏が出来るかもという微かな期待からで、受験当日に親切にしてくれた先輩に僕は一目で恋に落ちたのだ。  そう、僕はゲイ(男性同性愛者)だ。  気付いた時には同性が好きで、よく考えてみれば初恋の相手も男の保育士さんだった。僕が同性が恋愛対象で好きなことに気付いたのは思春期に入ってからで、キスやエッチ込みで付き合いたいのも同じ男でそれをずっと隠して来た。  風の噂で柴咲学園では男同士で恋愛するのも普通のことだと聞いていて、そんな僕の邪な気持ちもあり。 「どうしよう……」  羽柴様はきっと僕のことなんか覚えてないし、きっと僕のことを知らない。そんな状態で告白してもフラれるのはわかり切ったことだし、これから僕のことを知って貰えても、恋人同士になれるとは到底思えなかった。  表向きはラブレター企画だけど、実質的には上級生と新入生が交流するためのイベントだ。少なからずあわよくばと思ってはいたけど、羽柴様からの返事を握りしめ、僕はその場に立ち尽くしたのだった。

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