63 / 103

16

 次の日、俺は手紙をくれた岡崎君と放課後に待ち合わせて、学校を案内することになった。入学してからもう一ヶ月が経つし、だいたいの場所は把握してるだろうけど。  時間を放課後にしたのは、新歓以降、少なからず注目を浴びるようになって来たからだ。廊下を歩いてると知らない生徒に声をかけられたり、黄色い歓声が上がったりなんかして。  新歓イベントだとの前提があるだけに、岡崎君に何等かの危害が及ぶようなことはないだろうが用心するに越したことはない。 「あ」  帰り支度を済ませて教室を出た数分後。渡り廊下からも見える待ち合わせ場所の中庭のベンチに、岡崎君らしい一年生の姿を見付けた。  岡崎君はどちらかというと素朴な子で、チワワやバンビというよりは柴犬や豆柴といった表現がぴったりの見た目をしていた。ベンチに座ってそわそわしている様子は子犬そのもので、不思議と親近感が沸く。  柴咲学園は学年ごとにブレザーとネクタイの色が違い、今年は一年生がえんじ色のブレザーと同系色の斜めストライプ柄のネクタイの組み合わせで、二年生が紺、三年生が深緑の組み合わせになっている。少し大きめに仕立てられたらしいブレザーの袖が萌え袖になっていて、あまりの可愛さに思わず笑みが漏れた。 「岡崎君?」 「羽柴様!」  岡崎君は学校指定の斜め掛けの鞄を膝に抱き、ベンチにちょこんと座って俺を待ってくれていた。 「これ……」  鞄についてるテディベアのキーホルダーには見覚えがあって、去年の外部入試当日の記憶を辿る。 「羽柴様が僕にくださったお守りです。僕、これのお陰で柴咲学園に入学出来ました」  そんな岡崎君の言葉に君の実力だよと返しながら、俺はキーホルダーを手渡した時のことを思い出していた。あの日は確か大雪の日で、遅刻すれすれの時間に試験会場近くをうろうろしている子がいた。 「君、受験生だよね?」  この辺の中学には珍しい学ランをきっちり着込み、今にも泣きそうな顔をしていたっけ。 「これ、合格祈願のお守り。頑張ってね」  正直、その子の顔はよく覚えてなかったんだけど、緊張でがちがちだったその子に前の日に作ったばかりのキーホルダーをあげたんだ。その子がどうなったのかは気になってはいたが、生徒会の仕事の忙しさにすっかり忘れてしまっていた。 「そうか。よかった。合格してたんだな」  思い出したらホッとして、無意識に岡崎君の頭を撫でていた。  柴咲学園は部活も盛んな学校で、放課後も残っている生徒も多い。それでもそれぞれの場所で部活をしているせいか、思った通り騒ぎになるようなことはなかった。 「さあ、どこに行こうか」  ベンチから腰を上げ、岡崎君の腕を引く。もうだいたいの場所はわかるだろうから、岡崎君に聞いてみた。 「あの。僕、羽柴様のお気に入りの場所に行きたいです」 「俺のお気に入りの場所?」 「はい! あの、迷惑じゃなければ……」  そんな岡崎君のリクエストで、俺のお気に入りの場所に行くことになったのだ。  リコールされて復帰するまでは、学校と寮の往復で、特にお気に入りの場所もなかった。 「もしかしてここ……」 「そ。椿野がたまにここでお茶会を開くんだ。意外にも穴場でさ。まあ、俺のお気に入りって言うより、椿野のお気に入りみたいなもんだけど」  岡崎君を案内したのは裏庭の片隅にある屋根付きの休憩スペースで、真っ白なテーブルと椅子が置かれたそこはアリスのお茶会を彷彿とされる造りになっている。一般生徒があまり足を踏み入れない裏庭にあることもあり、昼寝にも最適なスペースだ。 「それよりもこっち。ここから見るあの小さな花壇が好きなんだ」 「あ……」  その花壇は庭師が手入れした花壇じゃなくて、どうやら美化委員が管理している花壇のようだった。

ともだちにシェアしよう!