学生寮に戻り、腕時計をセンサーに翳(かざ)す。 （――カチャッ） 　今年のルームメイトは俺と同じオタクな男で、遅く帰っても反応はない。日頃からお互いに自室に篭っているし、食事は外で摂(と)って来るから滅多に顔を合わすこともない。 　お互いの部屋にはコンパクトな冷蔵庫も備え付けてあり、共同スペースのリビングやキッチンは使ったこともなかった。 　登校時間と帰宅時間もずらしてあるし、朝の洗面所やトイレでも鉢合わさないようになっていて、それぞれの自室にはテレビもあるし。お風呂に至っては、同室者は週末の夜に週一でしか入らない。 　去年は羽柴と同室で、始めたはたまにご飯を作ってくれていた。羽柴が生徒会の会長補佐になった時は、根掘り葉掘り聞くために夜更かしして語り合ったこともあったっけ。 　俺はオタクの中でも腐男子ってやつで、羽柴が会長補佐になり、来年、会長になるんだと聞かされた時はウハウハで笑いが込み上げてしょうがなかった。羽柴はBLにおける王道（俺様）生徒会長とは違っていたが、糞真面目な優等生で意外に世話好きと、世間一般の生徒会長の定義には当て嵌(は)まるやつだ。 　そんな羽柴が会長になった今年、当然のように部屋は分かれてしまったが、俺はどうにか生徒会の動向を知りたかった。 　羽柴以外のメンバーはいい意味でも悪い意味でもエリートでカリスマ性に溢れるやつらで、妄想のネタにしやすい王道キャラだ。特に書記の鷹司は、下馬評(げばひょう)では次期生徒会長だと噂されていた俺様キャラで。 　羽柴が生徒会室に親衛隊の子を連れ込んで乱交していると噂が立った時、百パーセントないと確信していたのは俺だけで。他のメンバーと転校生を学食で見かける度、羽柴が遊びほうけているんじゃなく、やつらが仕事をボイコットしているんだとそう感じていた。 　何しろ羽柴には親衛隊なんかなかったし、だから羽柴がリコールから復帰したのを機に羽柴の親衛隊を立ち上げた。集まったメンバーは取り敢えず25名。ミーハーなやつが大半だが、少なくとも他の生徒会役員には靡(なび)かなかったやつらだ。 　羽柴は無愛想に見えて意外に世話好きのお人よしで、きっとこのままじゃ必ず何らかの問題が起きる。特に羽柴は恋愛に一切興味がないやつだから、恋愛絡みのトラブルだと一(ひと)たまりもないだろう。 　リコール後、髪を切った羽柴は劇的なイメチェンをした。いつもかけていた野暮ったい眼鏡もお洒落なものに変え。初めて会った時から綺麗な顔をしているなとは思っていたが、無頓着だった身嗜みに気遣い始めた羽柴は華麗な変貌を遂げたのだ。 　去年、羽柴から次期会長だと聞かされた時、腐男子の好奇心から、そうなったら羽柴の親衛隊を立ち上げようと心に決めていた。少しでも生徒会執行部メンバーに近付くため。それが今では、本来の意味で無自覚な羽柴を支えてやりたいと思う。 　羽柴には、適当な理由をつけて事のあらましをLINEした。羽柴の親衛隊を立ち上げた理由(わけ)やこれからのことを。もともと羽柴とはルームメイトでもそんなに親しいわけじゃなかったし、いい意味で客観的に見守ってやれるだろう。 　羽柴には、腐男子の俺をも動かす何かがある。カリスマ性だとか、腐男子のフラグ的なそれとは別の何か。 　スマホを置き、改めてパソコンに向かう。ずり落ちた眼鏡の支柱を中指で戻し、これからのことを思って気を引き締めた。