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11 庵side (風紀)

「大塚は腐男子だったよ」 「ふだんし?」 「ああ」 「……ってなに?」  ……まあ、普通はそうなるわな。  風紀の仕事終わりに羽柴の親衛隊長に就いた大塚に事情を聞いた俺は、自室に戻る前に兄貴の部屋に顔を出した。兄貴も羽柴の親衛隊のことを気にかけていたから、大塚から聞いた話の報告も兼ねて。 「んー、なんて説明したらいいんだろ。端的に説明するなら、男同士の恋愛を妄想して喜ぶ男のこと、かな」 「……それって何が楽しいの?」  腐男子のことを知らない人間に説明するのはとても難しい。特に、兄貴のような当事者側の人間には。なんと言うか、俺も一応は当事者側の人間なんだろうけど。  柴咲学園はボーイズラブ(以下BL)の王道学園のモデル校とでも言えそうな典型的な男子校で、俺もBLなるものを初めて知った時、あまりのことに衝撃を受けた。過去に外部生の腐男子がちょっとした事件を起こしたことがあり、その時にBL関連のワードを検索したのだ。  BLの諸々の描写は少々大袈裟だが、うちの学校も男同士の恋愛は普通のことだ。何しろ一般の小学生に当たる年頃から学校には男しかいないのだから、初恋の相手は男だという生徒も珍しくはない。  思春期になっても通常の恋愛対象の女の子はいないし、そうなると男同士でも友情から恋愛の擬似体験とでも言える状況に発展したりするし。  うちのOBの教師に言わせると、社会に出て初めて目が覚めるんだそうだ。その教師は未だにどっぷり柴咲学園に浸かっていて、少々説得力に欠けるけど。  兄貴は同性愛者じゃないし、俺のように男の恋人がいた経験もない。それでも腐男子に言わせれば妄想の対象で、当事者と言ってもあながち間違いじゃない。  それだけにBLのことを説明されてもすぐには腐男子のことを理解出来ないし、兄貴はいい意味のエリートだから一部でちょっとしたブームになったBLのことも知らなかったというわけだ。 「つまりは親衛隊長の大塚君はその腐男子ってやつで、他の親衛隊の隊長のように、(あるじ)の羽柴君のことを恋愛対象として崇拝しているわけじゃないんだね?」  イマイチ釈然としないながらもそれだけは理解出来たようで、兄貴は目に見えてホッとしている。実は俺もそこだけは正直ホッとしていて、大塚には好奇心だけじゃない思惑がありそうにしろ、羽柴の親衛隊長は大塚に任せても大丈夫だと胸を撫で下ろしていたりして。  親衛隊長が羽柴と同い年だということで、恋愛感情があれば面倒なことになるなと思っていたんだけど。一応は大塚に任せておけば心配ないようで、この件については一件落着というところだろう。  本来の意味の親衛隊とは、要人の身辺警護をする武装集団のことだ。その要人をアイドルに置き換え、熱狂的なファンを要人を警護する親衛隊員に置き換えたものがアイドルの私設ファンクラブである親衛隊で、比較的平穏なうちの学校の親衛隊は、どちらかと言えばこっちの意味でのものだと思われる。  それだけに、大塚の存在は正直心強かった。例え見た目が非力なオタクであろうとも。羽柴の会長復帰については少なからずよく思っていない人間がいて、その動きも少し気になっていたのだ。  実は、鷹司が自分の否を認めて会長を辞任した件に関し、不穏な動向がある。羽柴が生徒会室で連日行っていたとされる乱交を鵜呑みにし、羽柴が会長であることに異論を唱える動きが未だに水面下であるらしいのだ。  そいつらが暴走する可能性は極めて低いが、親衛隊の存在は、これからまだまだ増えるであろう羽柴を恋愛対象に見るやつらへの牽制(けんせい)になる。 「つまりは、羽柴君はたいして親しくなかったルームメイトも味方につけた、ってことだよね」 「まあ、そうなるな」  そう考えると少なからず複雑な心境ではあるが。 「あれ、今夜は泊まってかないの?」 「悪い。まだ仕事が残っててさ」  親衛隊長が謎の元ルームメイトだという問題も、一応は決着を見せたのだった。

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