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03
ゴールデンウイークの中盤ぐらいから不安定な天気が続いている。今年の冬はよく雪が降ったが、春も同じように雨の日が例年よりも多い気がする。
「ねえねえ、羽柴っち。これってどう解くの?」
「ああ、これか。これは……」
「いてっ!」
日向に勉強を教えていると、頭上で『スパーン』と小気味いい音がした。
「ちょ、鷹司。なんで叩くの」
「羽柴の勉強の邪魔するな。自分でやれ」
音がした頭上を見遣ると鷹司の手には丸めたノートが握られていて、
「わかんないから羽柴に聞いてるんじゃん」
「……チッ。貸せ。俺が教えてやる」
「えー、学年一位の羽柴がいいー。鷹司、高等部になってから万年二位じゃん」
「なっ、お前なあ!」
普段はしかめっつらをしていることが多い鷹司だが、日向の前だとその仏頂面が崩れることを最近発見した。いよいよ試験に突入して仕事は休みなのに、放課後になると何故か全員が生徒会室に集まっていたりする。
「うそっ。問4の答え、Aじゃないの?」
「違う。Bだ」
「うそー、選択問題にかけてたのに!」
エリート組(S組)の生徒は基本的に成績がいいやつばかりだが、どうやら日下部は日向と同じで少し苦手なようだ。同じ庶務の不知火と答え合わせしながら、さっきから奇声を上げている。
普段は賑やかな佐倉も真剣に教科書と向き合っているし、新メンバーの一年生コンビも顔を付き合わせて教科書に向かっている。その時、
「皆、そろそろ一息入れない?」
いつの間にかいないと思ったら、椿野が淹れたての紅茶を手に戻って来た。
「椿野先輩、僕も手伝います」
「ありがとう、隼人君。給湯室のテーブルに人数分用意してあるから持って来てくれるかな」
「はい」
副会長補佐の隼人君と椿野のコンビネーションは抜群で、隼人君を補佐に任命してよかったと思う。必ず任命しないといけないのは生徒会長の補佐だけで、他のメンバーは任意で補充出来るシステムになっている。
それでも一年生のうちに少しでも仕事に慣れておけば百人力だ。来年度の生徒会は葵君と隼人君に任せておけば、俺は心置きなく引退出来る。そんなことを思いながらぼんやりしていたら、
「羽柴」
珍しく鷹司に名前を呼ばれた。
「どうした。ぼーっとして」
「あ、いや。分からないところがあって」
「お前がか? 珍しいこともあるもんだ。どれ、貸してみろ」
鷹司がおもむろに立ち上がって、俺の直ぐ横に立つ。身を屈めて俺の教科書を覗き込む鷹司。その時、甘怠い香りが俺の鼻孔をくすぐった。
(整髪料か? それとも香水か?)
これだけ鷹司と近付いたのは初めてのことで、鷹司が香水を使っているらしいことを初めて知った。
それにしてもこの香り。どこかで嗅いだような気がするんだけど……、どこでだっけ。
「……羽柴?」
「あ、いや。悪い。ありがとう、助かったよ」
「お前、大丈夫か?」
「……っっ」
鷹司の大きくて冷たい手が俺の額に触れる。真正面からこんな間近で鷹司の顔を見るのも初めのことだ。鷹司の手は、ひんやりとしていて気持ちがいい。
「問題ない」
真っ赤な顔をしている自覚がある俺は、そうぶっきらぼうに言い捨てると慌てて教科書に向き直った。
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