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02
キッチンに立ってる俺の背後から、日向が覆いかぶさるようにして手元を覗き込んで来る。
「ねーねー、なに作ってるの?」
「ちょ、日向、あぶなっ。包丁持ってる時に背後に立つな!」
「わー、羽柴すげーね。包丁さばきってゆーの? めっちゃ早いじゃん」
まるで後ろから抱きしめられているような体勢に、思わずドキッとしてしまったことは日向には内緒だ。
「おいこら、わんこ。飼い主の料理の邪魔をするんじゃない」
その声とともに背後の温もりが消え、振り返って見ると槙村が日向の首根っこを掴んでいた。
実は槙村は身長が178センチあって、何気にでかかったりする。鷹司や橘兄弟、不知火には及ばないが……、ってか『イケメン=(イコール)長身』って公式でもあるのか、俺が知る抱きたいランキングの上位者は揃いも揃って長身揃いだ。
「羽柴、何か手伝おうか? ついでに料理を教えて貰えれば嬉しい」
「あ、俺っちもー。俺も料理始めたんだけど、まだ包丁使ったことないんだよね」
日向にとってはレトルトパックの湯煎やトーストを焼いたのも料理のうちらしいが、どうやら鍋でお湯を沸かすレベルには達しているようだ。もちろんIHコンロでだが、少なくともコンロに鍋をかけてはいるようで、だけど包丁はまだ持ったことがないと言う。
「初等部の頃さ、調理実習で包丁使わなかったか?」
「んー、俺っち昔はピアノをやってたから。包丁は持たせてくれなかったんだよー」
そう言えば日向の家は音楽一家で、世界的なバイオリニストとピアニストの両親は演奏旅行で世界中を飛び回っていて、俺らと同じ二年生の日向の双子の妹は、柴咲学園の姉妹校である女子校でチェロを弾いているらしい。
日向はピアノをやめてしまったが、凄く上手かったことだけはよく覚えている。今は気まぐれに変な鼻唄を歌うぐらいだが、実はその鼻唄も驚くほど上手いんだよな。
うちの学校は日向に限らず、子供の頃からピアノやバイオリンをやってる生徒が少なからずいて、調理実習があったのも包丁を持てない子達に配慮してか初等部の高学年のほんの僅かな期間だけだった。
他にも油絵を描いてる生徒なんかも包丁は持てないだろうし、そうなると芸術クラスにあたるD組、E組は日向のような生徒ばかりなんだろうと想像出来る。
「ちょ、日向! 猫の手猫の手!」
試しに日向に包丁を渡してみたが、案の定、危なっかしくてしょうがない。それでも日向本人は楽しくて仕方がないようで、さっきからご機嫌にいつもの意味不明の鼻唄を歌っている。
不安がないわけではないが、パンやフルーツの食材を切るのは日向に任せた。前々から自炊している槙村は興味津々に、俺が料理している手元を真剣に見ている。
「カレーフォンデュと言っても、つけダレは具がないカレーだからなあ」
そのカレーも市販のルーを使ってるし、何も変わったことはないんだけど。ほんと鍋料理と一緒、いや、それ以上に簡単な料理だったりするんだけどな。
「御子柴っちお待たせー。夜食出来たよー」
「わあ、待ってました!」
俺達が料理している間も黙々と勉強していた御子柴は勉強の手を止め、歓声を上げた。
「あれ、もしかしてこれ日向君が切りました?」
「ご名答! 俺もお手伝いしたんだよー」
これはもう俺っちが作ったと言ってもいいよねと笑う日向は、至極ご機嫌で。
この日を境にますます料理に興味を持った日向は、また一歩一般人に近付いたのだった。
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