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番外編 新しい春

一太はベッドのシーツを綺麗に伸ばすと、今度はこまめに部屋の隅々まで掃除機をかけた。 最初のうちはできるだけ綺麗に丁寧に暮らしたい。そんな気持ちでいるが、おそらく数ヶ月もしたらボロボロの状態になるであろうことはわかっている。 一人暮らしのために選んだ部屋は、アパートの一階にある1DKだ。 駅からは少し遠いがバスはあるし、コンビニも近い。いい部屋を見つけたと思っている。 荷物が届く日に合わせて昨日こちらに引っ越してきた。 そして昨日と今日の二日間は暮らすための準備に追われバタバタと慌ただしく時間が過ぎていった。 気がつけばお昼をとっくに過ぎている。 ダンボールはだいたい片付けたが、いざ暮らし始めようとすると足りないものがまだあることに気がつく。 買い出しに行きたいなと思っていると、ローテーブルの上に置かれたスマホがブブッと振動して光った。 画面を見ると遠見からメッセージが入っている。 『荷物は片付いた?』 という簡単な一文だ。 『一応終わったよ。夢中で片付けてたらお昼食べ忘れてた』 そう返信すると、またすぐに返信がきた。 『今から行っていい?』 その文に一瞬心臓がドキリとする。 しかしすぐに気持ちを落ち着かせると『いいよ』と返事をした。 それから20分ほどして部屋のインターホンが鳴った。 外の人物を確認してからガチャリとドアを開ける。 「お疲れ様、適当なご飯買ってきたよ」 遠見はそう言いながらコンビニの袋を掲げて見せる。 「えっ、ありがとう!お腹ぺこぺこでさ。まだちょっと汚いけど上がって!」 一太は手招きしながら遠見を中へ通した。 「全然汚くないよ。さすが梓!」 遠見はローテーブルの上にコンビニの袋を置くと部屋の中を見渡す。 「この後買い物とか行く?俺、見たいものあるんだ」 「行きたい行きたい!!ご飯食べたら行こう!急行で二駅目に大きなショッピングモールがあるんだって。そことかどうかな?」 一太は冷蔵庫の中のお茶のペットボトルを開けるとコップに注いで遠見の前に置いた。 「いいね。色々開拓していきたいし」 遠見は出されたお茶に手を伸ばす。 「遠見はどう?片付いた?」 「俺は時々おばあちゃんの家から通って整理したからね。もう普通に住めるよ」 「おばあちゃんも遠見が広島にきてくれて嬉しいだろうな」 「そうだといいけどね。あっ、2つとも同じ唐揚げ弁当だけどいい?」 「いいよ!ありがとう!」 二人で横に並んで弁当を開ける。こっちに引っ越してきてから一緒にご飯を食べるのは初めてだ。 遠見の家はここから徒歩で10分ほどのところにある。大学は同じだが学部はそれぞれ別になった。 文系と理系で校舎も離れている。 しかしそれでも遠見がいてくれることは心強い。 地元を離れて初めての一人暮らしで何かと不安も大きかった。 「ごちそうさま」 一太がパンと手を合わせて言うと、隣の遠見もちょうど食べ終えたところだった。 「ふぅ、お腹いっぱいになったね。夕飯は少なめでもいいかな」 確かに今の時刻は三時を過ぎている。 夕飯の頃までお腹は空かないかもしれない。 一太も満腹になり、後ろにあったベッドに背もたれのようにもたれかかる。 「なんかお腹いっぱいになったら少し眠くなってきたかも」 昨日は初めてこの部屋で一人で寝たこともあり、なかなか寝付けなかった。それなのに朝になったらパッと目を覚ましてしまった。 体がまだ緊張しているのがわかる。 一太がグッと身体を伸ばして眠気を飛ばそうとしていると、遠見もベッドにもたれかかりながら一太を見つめてきた。 ジッと見られて一太の心臓が跳ねる。 恋人に戻ったのはつい最近のことだ。 あの日からの一年間は友人として一定の距離を持って接していた。 あんなに触れ合っていたのに。抱き合っていたのに。それが嘘のように友人として過ごした。 それは一太が決めたことだ。 けれど触れそうで触れない指先がもどかしく感じて胸がキュッとなる。そんな日々が続き、あの約束が終わる日を早く教えて欲しいと思うこともあった。 そんな我慢の時を経て、今やっと恋人として二人きりの時間がやってきた。 恋人に戻ってから、まだ恋人らしいことはしていない。 以前はどうな風に接していたっけ・・ 考えれば考えるほど緊張してきてしまう。 そんな一太の気持ちを読み取ったのか、遠見は優しく頬に触れながらそっと唇を重ねてきた。 一太は思わずきゅっと口を閉じてしまう。何回かなぞるように遠見の唇が一太の閉じられた口の上を滑る。 そのくすぐったさで口元が緩んだ瞬間、するりと口内に熱をもったモノが入ってきた。 「ぅ・・ん・・」 久しぶりの深いキスに一太の口から甘い声が漏れる。 そうそう、こんな感じだった。 頭の隅で冷静に思っている自分がいるが、それはすぐに背中の刺激でかき消される。 遠見の手が一太の背中をゆっくりとなぞりながら動いていく。 「あっ・・・」 ゾワゾワと背中が揺れて思わず大きな声が出た。 「梓、いい?」 遠見が小声でソッと囁く。 一太はコクリと小さく頷いた。 先ほど綺麗に伸ばしたベッドのシーツに、幾つもの皺が生まれていく。 二人の身体が擦れ合うたびにまた一つ、また一つとそれは増えていく。 「ぅ・・ぁん」 遠見の熱いモノが身体の中で動くたびに、一太の喘声が部屋に響いた。 そこそこ新しいアパートではあるけれど、まだ引っ越してきたばかりだ。隣に声が聞こえることを恐れて一太は咄嗟に両手で自身の口を塞ぐ。 しかしその手を遠見に剥がされ、両手でシーツに縫い付けられるように止められた。 「や、やだ・・とお、み・・声、でちゃぅ・・ぁっ」 「っ・・大丈夫・・梓の声、聞きたい・・」 そう言うと、遠見は腰の動きをぐんと強め始めた。 「あっ!・・っうぅ」 その勢いで攻められるともう我慢はできない。 一太は身体がそり返りそうになりながら、声を上げる。 気がつくと遠見の額からは汗が滲んでいた。 久しぶりだ。遠見のこの表情を見るのは・・ いつも穏やかそうな遠見の余裕のない顔。それを見るのが好きだったんだ。 「っう・・ぁ、あん!あ・・ん」 「・・ぅん、梓・・出すよ・・」 それから、一太は思いのままにぶつけられる欲を身体の奥で受け入れた。 熱いものが流れ込んでくる。それに身体がゾクリと反応し一太も一緒に果てることになった。 「はぁ・・梓・・身体、大丈夫?」 遠見は息を整えながら聞いてくる。 「うん・・平気・・」 遠見が身体の中に出した熱と、自身が身体の上に出してしまった熱を感じながら一太は頷いた。 「シャワーありがとう、梓」 先程まで着ていた服に再び腕を通しながら、遠見が言った。 「買い物行けそう?梓の身体が怠ければ明日にしようか?」 遠見は気遣うようにベッドに腰掛けている一太に話しかける。 「ううん、大丈夫。久々の感覚だけど身体はそんなに痛くないよ」 一太はそう言うとブンブンと腕を回して見せた。 「ならいいけど・・」 「ほら!時間も遅くなっちゃうし行こう!」 一太は勢いよく立ち上がると財布とスマホを手に取った。 しかし何かを思い出したのか、洗面台の方へ慌てて向かう。 遠見が不思議そうに後をついて行くと、なにやら洗面台の引き出しをゴソゴソと探っているようだった。 それからすぐに「あった!」と嬉しそうな声をあげると、手のひらの中の物を遠見に見せた。 「これ・・」 手のひらの上にはシルバーリングのネックレスがのっていた。 「遠見に貰ったやつ!二人で出かける時につけたいなってずっと思ってたんだ」 一太は少し照れくさそうに笑って言った。 「梓・・」 「オシャレだからさ!買い物デートには最適だろ?」 「・・うん、そうだね!貸して、俺が付けてあげる」 遠見はそう言うと手のひらのネックレスを取り、一太の後ろに回る。それからネックレスを首元の前から後ろに回すようにして付けた。 「はい!できたよ。梓、似合ってるよ」 「ありがとう!遠見!」 一太も嬉しそうに首元に手をやる。 貰ったけど、ずっとつけることは出来なかったお揃いのネックレス。 やっと・・つけていい日がきた。 こうやって、もう一度。俺達は始めていけばいい。今度こそ偽りのない本当の恋人として。 だって、これから時間はたっぷりあるのだから。

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