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「白鷹くん、Gヘルの方はどうですか? 順調?」
「ぼちぼち。――お前、口に何か付いてんぞ」
「お客さんからチョコ貰ったんですよ。確か甘いの好きでしょ、要ります? ていうか、白鷹くんも大量に貰ってるか」
「なんだ、今日はバレンタインだっけか。ウチは女の客なんかそこまで来ねえからよ、くれるならくれ」
「マジすか。政迩、用意してやって」
大和に言われてスタッフルームに入ると、開封済みの箱や袋がゴミ袋にたくさん詰まっているのが目に入った。どうやら俺に気を遣って、食べられるだけ食べようとしてくれていたらしい。
頬を弛ませながら、手付かずで残っていたチョコを紙袋に入れて店内に戻る。それを白鷹に渡すと、大きな手がヌッと伸びてきて頭を滅茶苦茶に撫でられた。それがまた尋常でない力で、足を踏ん張っていても俺の体は右に左に揺れてしまう。
「可愛い、可愛い。政迩、いま齢いくつだっけ?」
「えっと、二十歳です」
「若けえなぁ、全然十代に見える。お前今度、一回俺の相手しろよ。飯奢ってやるからさ」
「また、何言ってんですか。飯くらいじゃ釣られませんよ俺は」
「ほんとほんと、何言ってんの。政迩はウチの大事な看板息子なんだから、下手な真似しないでくださいよ」
大和が引き攣った笑顔を浮かべ、白鷹から俺を引き剥がす。
「白鷹くん、チョコ貰ったらさっさと店戻った方がいいですよ。暇だからってコッチ遊びに来るのやめてください」
「大和、ムカつく。お前とはヤりたくねえ、政迩を貸せ」
「ヤりませんし貸しませんて。何ですか、白鷹くん酔ってんの?」
「うるせえな、ライター切れて買いに来たんだ。一つくれ」
白鷹がポケットから取り出した百円玉を大和に渡し、レジ前の籠に入っているライターを一つ摘まみ上げた。俺が描いたウサギの絵が付いているやつだ。
「可愛いのゲット」
「政迩が描いたんですよ。上手いでしょ」
「おう。こういうのもっと店内のポップに描いてさ、あちこち貼ればいいんだよ。客の目引くだろ。暇な時はそういう所で時間使え」
ああ確かに、と大和が頷く。
「そういう訳だからよろしく。じゃ、アディオス」
白鷹が店を出て行った後、大和が荒い息を吐き出して俺を見た。雨の日の捨て犬みたいな、悲しそうな目だ。
「どうした?」
「……また白鷹くんに言えなかった。次会ったら真剣に『自分の店持ちたい』って相談しようと思ってたのに」
「なんで言わなかったんだ?」
「だって言いにくいだろ。この店俺達しかスタッフいないのにどうすんだって感じだし、せっかく俺を信用してGヘブン任せてもらってるのに、投げ出すのも申し訳ないし……」
普段は誰に対してもオラオラなくせに、変なところで気の弱い奴だ。
「でも逆に、白鷹さんも応援してくれるんじゃねえの? ここだって新しくバイト募集して育てればいくらでも回せるんだしさ。大和が本当にやりたいなら、早目早目に言っておいた方がいいじゃん」
「やめろ。今は正論を言われると辛い」
「ヘタレ」
「ヘタレじゃねえ、慎重なだけ。――ていうかチカ。お前さ、白鷹くんに変なこと言われたらちゃんと拒否してくれよ。あの人マジで節操無しだから、心配で仕方ねえ」
「冗談で軽く返した方がいいんだって、ああいう場合は」
「そういうモンかね」
納得いっていない顔で、大和が立てかけてあったモップを手に取る。その後ろ姿を凝視しながら、俺は心の中で呟いた。
――俺達は付き合ってるんだと、はっきり言ってくれればいいのに。
もう四年も前から付き合ってるのだし、白鷹だってゲイ寄りのバイセクシャルなのだから、隠しておく意味が分からない。
俺と大和のどちらかが女だったらまた事情が変わってくるんだろうけど、両方男ということは結婚も妊娠も出産も子育てもない。即ち、俺達がとんでもない喧嘩別れをしない限り仕事に支障は出ない。
結局のところ、大和は不必要に周りを気にしすぎなんだ。俺以外の奴の前で「女好き」を装い、やたらと女の客に絡んで行くのもそのせいなのだ。
「いろんなチョコ食ったら気持ち悪くなっちゃった。……どうしよ、チカ。吐きそう」
……それがどれほど俺を不快にさせているかも知らずに。
「知らねえよそんなの。トイレ行け」
「冷てえな。お前のために食ったのによ。怒ってんの?」
「怒ってない。……どうせ吐くなら、残りのも全部食ってからにしてくれよ。俺も休憩行ってくる」
「怒ってんじゃん!」
俺は大和に背を向けてから口元で笑い、レジ裏のスタッフルームへ向かった。
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