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「何だ、その疲れたツラ。お前ら昨日、何してたんだよ?」  翌々日、金曜日。久々の休みを堪能した俺達が出勤すると、シャッターの閉まった店の前に咥え煙草でしゃがんでいる白鷹がいた。 「白鷹くんおはよ。どうしてここにいるんですか?」  質問には答えず、逆に大和が訊ねた。俺もそうだが、大和も相当驚いた顔をしている。白鷹が開店前からGヘブンに来るのは初めてのことだったからだ。 「昨日、お前ら休ませるために俺がコッチ出勤しただろ。それで、色々と伝えとくことがあってな。鍵も返さねえとだし」 「なんだ、俺はてっきりボケが始まったのかと思いましたよ」 「大和てめえ、ボケてんのはどっちだ。政迩に店内ポップ描かせろって言ったの、やってねえじゃん」 「ああ、忘れてました。今日やります、すいません」  ちっとも反省していない言い方だが、白鷹は肩を竦めただけでそれに関してはもう何も言わなかった。  まだ出勤時間まで十分ある。俺と大和も煙草を咥えて、何となく黙ったまま時間を潰した。 「………」  沈黙を破ったのは大和だった。 「……あの。白鷹くん、自分の店には行かなくていいんですか? 伝えたいことがあるなら、いま聞いておきますけど」 「ん。ああ、しばらく俺もコッチに出ようと思ってな」 「えっ? な、なんで」 「よく考えたら俺、初めの方に少し見ただけで大和の仕事ぶり知らねえだろ。政迩のことはもっと知らねえし。この辺でお前らと一緒に仕事して、色々知っといた方がいいと思ってな」 「そんな必要ないと思いますけど」  露骨に嫌な顔をする大和を見上げ、白鷹が低く笑って言った。 「Gヘルの方もスタッフ育てなきゃならねえし、今後新しい店舗も増やしたいしさ。色々考えてんだよ、俺だって」  急な展開に茫然とする大和を無視して、白鷹が俺に顔を向ける。 「そういう訳だから、よろしくな。政迩もいいな?」 「はい」  大和は残念そうだけど、俺は悪くない話だと思った。白鷹と一緒に仕事をすれば普段よりもずっと会話する機会が多くなるし、今後の仕事の話だってしやすい。大和が本気で自分の店を持ちたいなら、この機会にじっくり白鷹と話せるはずだ。 「なんか嫌だな。白鷹くんと常に一緒とか、色んな意味で気を抜く暇がねえよ」  白鷹がシャッターを開けている間、大和が俺に耳打ちした。少し頭を働かせれば今回のメリットにも気付けそうなものだが、大和は単純だから初めに抱いてしまった感情にしか頭がいかないらしい。 「昨日の仕事後に掃除しといたから、朝は掃除しなくていいぞ。そのまま通常業務に移ってくれ。大和はレジ金の準備な」  狭い店内に男が三人もいると、何となく窮屈に感じてしまう。俺は大和がいるレジ前のスペースで入荷分の段ボールを開け、新しくきた商品の検品チェックを始めた。 「白鷹くん、昨日一人でも普段通りの売上取ってる。さすがだな……」  大和が売上日報を開いて言うと、白鷹が「本当は上回るつもりだったんだけど」と勝ち誇ったように呟いた。 「でもそしたら昨日、もしかして一度も休憩入ってないんじゃないですか? 飯とかちゃんと食いました?」 「三十分だけGヘルのスタッフに来てもらった。一服したくなったら客がいない時を見計らって、休憩室でこっそりと、な」 「こっそりか。不良の学生みたいですね」  まるで高校時代の大和だ。  当時を思い出して頬を弛ませると、白鷹が俺の前に屈んで顔を覗き込んできた。 「政迩、お前そんなに無口だったっけ。開店前は作業の手さえ止めなければ、好きに喋ってていいんだぞ。大和は駄目だけど、お前は特別」  大和が白鷹の背後でレジ金の用意をしながら、眉を吊り上げて変な顔をしてみせる。思わず噴き出しそうになるのを必死で堪え、俺は仕分けした商品を指して大和に言った。 「今日の入荷分だけど、ロンT可愛いから店頭に出してもいいか」 「ああ、いいよ。じゃあ店頭のテーブル開けとくから、先に柄別で畳んでおいてくれ」  立ち上がった白鷹が、カウンターに身を乗り出す。 「大和店長、俺は何すればいい?」 「え、別に。何でもすればいいじゃないですか」 「俺にも遠慮なく指示出してくれていいからよ。お前のそういう、責任者としての仕事ぶりもチェックしないとだから」 「やりづれえなぁ。じゃあ白鷹くん、店頭のワゴンに入れてるぬいぐるみの補充してくださいよ。裏に在庫の箱があるんで」 「ぬいぐるみ売れてんだ? あのゲームキャラのだろ」 「割と外国人観光客にウケがいいです。海外でも人気なんじゃないですか」 「お前ら国際派だから、英語ペラペラだもんな」 「スペイン語も話せる人に言われたくないです」 「ついでにポルトガル語とイタリア語も分かるぞ」 「そんなのいつ使うんだか」  大和と白鷹の会話は聞いていて飽きない。大和は白鷹を鬱陶しがっていて、白鷹はそんな大和にわざとぐいぐい絡んでいく。この二人の関係も俺と大和みたいに、傍目には分からなくても深い部分では通じ合っているのだ。 「よーし、じゃあ店開けるぞォ」  午前十時になって有線のスピーカーにMP3プレイヤーを繋げ、今日もテクノ・エレクトロニカの音楽を流す。曲がかかれば開店の合図だ。  店の前の道路にワゴンとラックを出して、その隣にスタンド看板を置く。少しでも通りにはみ出るとすぐに見回りの警察が注意しに来るから、駅のホームで言えば「白線の内側ぎりぎり」までで止めておく。  だけどバレンタインも終わって平日の午前中、こんな時間から客が入ってくるはずはない。入荷分を捌き終えてから、いつも通り細かい棚の拭き掃除をやっていると、白鷹が店内の中央で俺を呼んだ。 「オーイ、政迩。ちょっとこっち」  見ると、白鷹は肩に脚立を担いでいた。 「エアコンのフィルター掃除するから、お前、これ乗って蓋を外してくれ」 「いいですけど。白鷹さん、高所恐怖症ですか?」 「この脚立ぐらついて危ねえから、少しでも体重軽い奴が乗った方がいいと思ってな。押さえててやるから」  腕捲りをして脚立に上ると、店頭で大和が不安げな表情を浮かべながら俺を見ているのに気付いた。  エアコンの蓋を開け、更に中のフィルターを外す。途端に頭上から大量の埃が落ちてきた。 「うわ、汚ね……。お前らちゃんと掃除しろよ、週一くらいでさ」  白鷹が顔を背けて、埃を吸いこまないよう口を押さえる。俺はこんな至近距離でもろに浴びているというのに。 「掃除機があれば、フィルター掃除も楽なんですけど……」  外したフィルターを両手で持って、脚立を降りようとしたその時。 「う、わっ……」 「チカ!」

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