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28・終

「政迩、嬉しそうな顔してる」  休憩室に荷物を置いた後、パソコンの電源を入れながら大和が言った。 「最近お前、よく笑うようになったよな。ひと月前とは比べ物にならねえ、まるで別人みたいな笑顔になってる」 「そうかな……。顔では笑ってても、心の中ではどんな腹黒い計算してるか分かんねえかもよ」 「何を計算してるんだ?」 「大和をショック死させることとか」 「え。何だよそれ、怖すぎる」 「昨日の休み、大和一人で出掛けたじゃん」  俺が言うと、大和が「そうだよ!」と思い出したように捲し立てた。 「だってチカ誘っても来ねえしさ。しかも、『しばらく帰って来んな』とか言われてさぁ。朝から大喧嘩したじゃん。俺、結局あれからネカフェで時間潰して、昼も夜も一人でラーメン食ったんだぞ」  大和が子供みたいに頬を膨らませ、俺を振り返る。 「政迩、俺に隠れて何かやってたんだろ。帰ったら帰ったで、台所はぐちゃぐちゃだし、なんかネバネバしたのがこびり付いてて……掃除大変だったんだからな」 「そ、そこまで言いながら、まだ分からねえのかよ?」 「だから何が」  俺はうずうずしながら大和の目を見て、満面の笑みを浮かべた。 「教えねえ」 「なんか怪しいな」  大和が俺の背後を覗き込もうとして、俺は咄嗟に身を引いた。だけどすぐに、大和が反対側から覗こうとしてくる。 「何持ってんだよ後ろで。そのコンビニの袋、なんだ」 「教えねえ。ていうか昼飯だよ、俺と大和の」 「いいから、どうせバレるんだから。早く政迩。俺らもう、隠し事しねえって約束しただろ」  もっともっと焦らしていたい。大和のこの顔を、ずっと見ていたい。 「大和が俺にキスして、何か甘い言葉を囁いてくれたら、考えてやる」 「なんだ、そんな簡単なことでいいのかよ」  よほど自信があるのか、したり顔で大和が俺の両肩に手を置いた。 「……ん」  大和の体温を唇に感じながら、後ろ手に持った袋を少しだけ揺らしてみる。 ビニールが擦れ合う音に混じって、袋の中からカラコロと可愛い音がした。歪な形の甘い宝石の欠片が、箱の中でぶつかり合う音だ。 「マジで好きだよ、チカ」  もう聞き飽きた。笑って言おうとして、俺は口元を弛ませた。 「……俺も好き」  これが俺の、大和への最後の隠し事。  さあ、いつ打ち明けようか――。 「オラ、とっくに戻ってんぞ。お前ら、さっさと開店準備しろ」  ドアから顔を覗かせた白鷹が、つまらなそうに俺達を見て言った。 「白鷹くん早過ぎ。せっかくいい雰囲気だったのにぶち壊しだぜ」 「お前らの邪魔をすることが、今後の俺の生き甲斐だからな」 「まあ適度に邪魔があった方が燃えるってのは、俺ら経験済みだけどね」  大和と白鷹が顔を見合わせて笑う。ニコニコしてはいるけれど、互いに殺気はダダ漏れだ。  俺はそんな二人の間に割って入って、MP3プレイヤーのスイッチをオンにした。いつものエレクトロニカが流れた瞬間、笑顔で睨み合っていた大和と白鷹が、パブロフの犬のごとく瞬時にして仕事の顔に切り変わる。 「よーし、じゃあ店開けるぞォ! 大和とチカは店頭配置。俺はレジ金の準備と在庫の補充。入荷のトラックが来るまでに終わらせるからな!」 「了解っ!」  とは言ったもののまだ時間が早過ぎて、買い物客なんて全くいない。静かな朝の東楽通り、Gヘブンだけが周りから浮いている。 「チカ。ヒョウとゼブラ、どっちのパーカが売れるか勝負な」 「いいよ。どうせ俺が勝つけど」  俺と大和はラックやワゴンを引っ張りながら、同時に空を見上げて眩しさに目を細めた。 「ああ、すげえいい天気!」  春風が桜の花弁を優しく揺らし、俺達の頭上を鮮やかに彩っている。浮遊する一枚の花弁が右へ左へ揺れながら、やがて大和の掌に落ちて動きを止めた。  これまでの四年間、そしてこの先に続いている途方もない日々。ヘコんだり笑ったりを繰り返しながら、結局は俺もこの桜のように、最後には大和の強い力に引き寄せられるのだ。 「政迩、見てみろ」  その時は二人手を繋いで、また新たな空へと飛び立とう。 「綺麗だな」  三月十四日。  薄桃色の世界の中、俺は空を見つめる大和の頬にそっと唇を押し付けた。  終

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