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第1話

少年のいなくなった部屋で城島は、いや、自らを城島と呼ばせていた男、槙野は一人座りこんでいた。 頭はズキズキと痛み、吐く息は酒臭かった。 ――あれから。 頼まれたとはいえ少年を自分の意に添わない形で抱いてから。 いや槙野の心情からすれば犯してから家を出て目についたバーに入り酒をしこたま飲んだ。 閉店時間で追い出されるとネットカフェに入り、狭いブースでカラダを丸め死んだように眠った。 そして朝の10時、部屋に帰ってきた。 少年はすでにいなかった。 テーブルの上に槙野が用意しておいた痛み止めはなくなっていたし、軟膏のチューブには使った形跡があった。 昨夜の事を生々しく思い出した。 そして渦巻いていた思いが胸の中で駆け巡った。 ヒドイ事をしてしまった。 痛みなんてそんなもの、君が知らなくていいんだ。 オレは守りたかったんだ。 真島くんを。 そして17歳のオレを。 でも、ああでもしないと自分たちが離れられないであろう事も槙野にはわかっていた。 自分はいい。 どうせヨゴレてヨゴレてヨゴレて来たのだから。 でも、真島くんは……。 オレは真島くんを、いや、17歳のオレを汚したんだ。 あの頃、親切なフリをして近づいて、オレを貪った大人たちと変わらない。 お互い報われない恋に落ちて、一時でも忘れられる場所を探していた。 それがカラダだけだとしても。 たとえ、それが一時の慰めだったとしても。 ただ人を好きになっただけなのに。 それがオレを内側から壊して行く。 城島を真島くんをヨゴして行く。 ――槙野が城島を知ったのは高校2年の春だった。 人と群れるより一人でいるのが好きだった槙野は昼休みになると教室を抜け出し、理科室にこっそり潜りこんだ。 教室の喧騒とは違い、冷ややかでシンとしたこの場所を気に入っていた。 お弁当を食べながら本を読み、午後の授業まで机に顔を伏せて少し昼寝をするのが常だった。 「ククククク」 ある日、耳元で小さな笑い声が聞こえた。 うっすらと目を開けると目をキラキラさせて頬をゆるませる顔が目に入った。 「ワッ!」 突然の大声にびっくりして槙野はイスから転がり落ちた。 「ワハハハハ」 笑いの主は人懐っこい顔をして笑った。 「オマエ、槙野だったっけ。こんなとこに一人で何してんの?」 「え?」 その顔には見覚えがあった。 同じクラスの確か……。 槙野の表情を見てわからないと思ったのだろう。 「城島。お城の島で城島。じまじゃねえぞ。しまだぞ」 自分から名乗った。 ああ、確かそんな名前だった。 クラスの中では不良グループというか、チャラいというよりは男臭いグループの一人だった。 その中でも声が大きくて明るく、先生に気の利いた軽いヤジを飛ばして笑いをとるようなタイプだった。 「ねえ、火もってねえ?」 「え?」 「ガス切れ。点かなくて」 言いながら城島は手にしたライターをカチカチさせた。 城島の片耳の上にはタバコが一本挟まり、もう片方にはなぜかマジックペンがはさまっていた。 「未…未成年…しかもここ学校」と槙野は思ったが、城島があまりにも自然でその事は言えなかった。 「な、ないよ」 「だよな。あ~食後の一服ウマイのに」 そして城島は諦めきれないというようにライターをカチカチさせた。 小さな火花がチッチッと散った。 そして城島は槙野を見てフッと笑った。 その笑顔を見た瞬間、槙野はまるでチューッと心臓をストローで吸い上げられたような気がした。 イ…イタイ……イタタタタ。 なんだこれ? 槙野は無意識に左胸をさすった。 「おい、大丈夫か。悪かったな。ほれ」 床に転げたままだった槙野に城島は手を差し出した。 ゴクリと自分の喉が動くのを槙野は感じた。 「男のクセに細っせえの」 言いながら城島は槙野の手を引いて起こしてくれた。 ヤバイヤバイ。 何がなんだかわからないけどヤバイ。 槙野の心臓が早鐘を打ち始めた。 「あ~窓の外花壇あるじゃん。園芸部のかな」 「……うん多分」 城島は陽のあたる窓ぎわで目を細めて花を見つめている。 「キレイだな」 「……ああ」 城島はキレイだった。 少し立てた黒髪も整った横顔もピンと伸びた首から背中のラインも。 ふり向いた城島は槙野の顔を見るとまた笑った。 槙野はまた胸が苦しくなった。

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