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第15話
口を開き掛けた瞬間──視界の端に映り込む、人前式の写真。
忘れていた。──その現実に。己の立ち位置に。
熱く滾っていた想いが、ピキンッと音を立てて氷結していく。
「……」
何だよ。
……何だよコレ。
本当、何なんだよ今更……
今頃樹の気持ちが解ったって……既に家庭を持ってしまった樹に、この気持ちを伝える事なんてできない。
悟られる訳にはいかない……
熱い涙が込み上げ、みるみる視界がぼやけていく。
何とか視線を解き、黒目を横に向け、溢れないように堪える。
……瞬きもせず。
プルルルル……
突然鳴り響く、着信音。
一瞬で空気を切り裂き、全てを現実に引き戻す。
我に返ったのか………樹の瞳が大きく見開かれた後、小さく黒目が揺れる。
僕から視線を外し、取り出した携帯の画面を確認した後、耳に当てた。
「もしもし。………ああ、うん。解った。
買ったら直ぐ帰るよ」
優しげな口調。
柔らかくて、心地良い声。
目を細めた樹は、口角を緩く持ち上げ……憂いを帯びたような笑顔を浮かべる。
「………奥さん、から……?」
「うん。ピクルス買ってきて欲しいって。
……何故か。ピクルスとフライドポテトの二つしか、まだ食べられないみたいで」
「……」
「ごめん。……もう帰るよ」
樹が、席を立つ。
何も頼んでいないのにも関わらず、テーブル脇にあった伝票を手に取って。
「……じゃあ、愛月」
「……」
「バイバイ」
樹が、僕の横を通り過ぎる。
引き止めるなら、今しかない……
膝の上に置いた手を、ギュッと握りしめる。
……でも……
今更追い掛けて……どうするんだ。
樹はちゃんと、バイバイした。
だから僕も……バイバイ、しなきゃ……
「……」
そう頭では解っているのに。
この胸が、この想いが、いつまでも僕を責め立てて、苦しめる……
キャップを深く被り直し、上下の睫毛を柔く重ねて項垂れた僕は……肩を小さく奮わせ、声を押し殺して、泣いた。
零れ落ちる涙をそのままに……
カランカランッ
ざわざわとした人の喧騒に混ざり、ドアチャペルの音が……遠くで鳴り響く。
───バイバイ、樹。
[了]
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