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見えない壁

「最近ご主人様の様子、ちょっとおかしいと思わない?」  今日は広い庭の手入れをハインツと共にしていたのだが、俺の様子を窺うようにしてそんな事を問われても俺に返す言葉はない。 「俺、まだここに勤めて短いし、そんな事言われても分からないよ」 「本当に? カズは絶対何か知ってるだろ?」 「なんで? 旦那様との付き合いだってハインツの方が長いんだから、ハインツの方が旦那様に関しては詳しいに決まってるだろ? 俺は何も知らないよ」  素知らぬ顔で草をむしる俺に、ハインツは微かに溜息を零し「ならいいけどさ」と作業に戻る。俺はほっとして目の前の草に集中する事にした。  最近俺は少し変だ。自分の感情が制御できなくて時々やたらに泣けてくる時がある。情緒不安定とでも言えばいいのだろうか? この感情がどこから湧いてくるのかよく分からないのだけれど、ひとつだけ分かっている事がある。  ライザックに抱かれた翌日、珍しく挨拶を返してくれたミレニアさんが俺の顔を見て眉を顰めた。 「あなた、またご主人様に抱かれましたね?」 「!? え……なんで?」 「獣人というのは鼻が利くのですよ、あなたからはべったりとご主人様の匂いがします」  ミレニアさんは大きな溜息を吐いて「分かっていますよ、事情は一通り聞いていますのでね」と俺を見やり首を振る。 「けれどこれは歓迎できた事ではない、あなたはオーランドルフという家に相応しい人間ではないのですよ。人柄云々は抜きにして、駄目だと私は判断します。オーランドルフという家名を背負うという事はこの国では大変な事なのです、あなたはそれを理解していないでしょう?」  突然そんな事を言われても俺にはよく分からないけれど、ひしひしと感じているのは明確な身分差だ。そんな事はもう俺にだって分かっている。お前はライザックに相応しい人間ではないのだと、改めて現実をつきつけられた。そんな事は馬鹿な俺でももう分かっているんだよ……  あのワームに襲われた事で生じているらしい後遺症はその後発症はしていない。けれど、それを理由にライザックに抱かれる事にミレニアさんは当たり前だが良い顔をしない。最初の内から言われていた、オーランドルフの家名は重いのだ、ライザック自身は自嘲気味に笑っていたけれどそれがきっと現実なのだろう。 「そういえばカズ、街にすっごくよく当たるって評判の占い師がいるんだけど、知ってる?」 「占い師?」  いつどういう時にワームの体液によるあの発作が起きるのかが分からない俺はどうしても消極的になる。外出先でもし万が一あんな症状が出てしまったらと思うと迂闊に遊びにも行けなくて、最近は完全なる引きこもりになっているせいか、そんな占い師の話など小耳にすら挟んでいなかった俺は首を傾げる。 「そう、特に未来予知(さきよみ)が凄いらしくてさ、客が殺到してるって噂」 「へぇ……胡散くさ」 「あれ? カズはそういうの信じないタイプ?」 「逆にハインツは信じるのか? 占いだぞ? 根拠とか何もないんだぞ?」 「まぁ、そうなんだけど、ちょっと興味はそそられるよねぇ」  この世界は俺の暮らしていた世界とそう大差のない世界だけれど、少しだけ文化は遅れている。電気はないので灯りはランプだし、自動車もないから移動手段は馬車だったり、そこまで大きな不便はないけれど、電気のある生活に慣れきっている現代っ子の俺には少しだけ不便ではある。  そして、そんな世界では胡散臭い『占い』が娯楽になるのだろうけど、正直信用ならないな。 「ねぇ、今度少しだけ遊びに行ってみない?」 「そんなの一人で行ってこいよ」 「初めての場所って一人だと何となく不安じゃん! ねぇ、行こうよ! そうでなくても最近カズ部屋に籠りっぱなしだろ、そういうの良くないと思うよ?」  ハインツに「行こう行こう」としつこく誘われ根負けする。まぁ確かに引きこもり過ぎていて気分が鬱々としていたのも事実だし、気分転換にはなるかもな……

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