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後遺症
「あっ、あんっ……もっとぉ!」
自分の口から甘ったるい嬌声が零れる。一体自分は何をしているのだろう? と頭の隅の冷静な部分が俺に訴えかけてくるのだが、それに反するように身体の疼きは止まらなくて熱を帯びていく。
ハインツが触手の体液が身体に残ると人は淫売に堕ちるとそんな事を言っていた気がするのだけれど、俺の身体はもう元の身体には戻らないのだろうか? 男の身体を欲しがって疼く身体に俺の身体は変わってしまった? これはもういっそあの時死んだ方がマシだったのでは? 俺はこれから一生この疼きと共に生きなければいけないのか?
「カズ、大丈夫か?」
俺の身体を揺さぶる男が余裕もなく俺の頬を撫でる、あぁ……なんで、この人ここまでしてくれるのかな? こんな淫売なんて捨て置けばいいものを、ちゃんと律義に抱いてくれるライザックは本当にお人好しなのだと思う。
「足り……ないっ、もっとぉぉ」
己が何度射精しても疼きは消えない、子種が欲しくて中が疼いているのだと何故か本能でそれが分かるのだ。ライザックの射精を促すように勝手に内壁がうねり、腰が揺れる。低い呻きを零して彼が俺の中に精を吐き出すと少しずつだが熱が引いてきた。
「も……なんでぇ……?」
ここまで数週間なんの後遺症もなく普通に生活出来ていたじゃないか! なのに何故、今になって突然こんな事になるのだろう? 下肢から抜け出るライザックの精液が腿を伝う感覚に情けなくて思わず涙が零れた。
「カズ、泣くな。泣かれると私も辛い」
相変わらずライザックの手は優しく涙を拭うように俺の頬を撫でる。その掌に頬を摺り寄せると、甘えてしまいたい欲求がむくむくと湧いてくる。これも触手に犯されて患った症状の一部なのだろうか? 駄目なのに、こんなの間違ってるのに。これは恋愛感情ではないただの治療行為なのに……
早く彼の腕から逃げ出さなければ、俺の気持ちが取り返しのつかない事になる。
「カズ……?」
「俺……この家出てく」
「!? 何故だ!? カズはそんなに私に抱かれるのが嫌なのか!?」
「だって、こういうのは好きな人とやるべきだ。今になってなんでこんな風になったのか分からないけど、嫌だ。辛い。『旦那様』に抱かれるのは辛い」
掌で顔を覆ってライザックから瞳を背けた。ライザックの事が嫌いな訳じゃない、むしろこんなどこの馬の骨とも知れない俺なんかに優しくしてくれる彼が好きだ。だけど好きだからこそ辛い、優しくされるのが辛い、自分の心がどんどん彼に傾いていくのが辛い、だって俺は従者で彼は主人、どうやったって対等にはなれない間柄じゃないか……
ここ何週間かの生活で俺だってこの世界に慣れてきた。この世界はそこまでおかしな世界ではないけれど、割と厳格な身分差がある。最初から彼には言われていた、俺は『使用人』で彼は『主人』、それでいいか? と言われて、それでいいと納得して付いて来たつもりなのに、このままでは俺はどんどん彼を好きになってしまう。
「今までありがと、俺なんかの治療の為に何度も抱いてくれてありがとう、だけど、もういいよ……」
身体を起こして身支度を整える、身体の節々が痛いし、体内に残ったままの精液が気持ち悪いけど、一刻も早く逃げ出したい俺はそんな事に構わず服を着込む。
「煩わせてごめん、すぐ出てくから」
「駄目だ!」
咄嗟に腕を掴まれて、切羽詰まったようなライザックが何か逡巡しているのが分かる。
「カズは……まだ前払いした給料分も働いていないだろう……?」
「あ……」
そう言えばそうだった、服から何から全て給料前借りで揃えた俺は現在借金生活で、言っては何だが借金返済のあてもない。
「せめてそれを返し終わるまでここにいろ、いやこれは雇い主の命令だ、逃げる事は許さない」
珍しく強い口調で言い切られて言葉が出ない。雇い主と使用人、最初からずっとそうだった、彼の好意に甘え過ぎた。まるで対等であるかのように扱ってくれるものだから、俺は何か勘違いしてしまったのだ。
「うん、分かった。もうなるべく近寄らないようにするから、迷惑かけないようにするから、それまで宜しくお願い致します」
掴まれた腕を振り払って、彼の瞳を見ないようにして逃げ出した。その瞳を見たら俺はきっとまた泣いてしまうから。
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