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覚悟

 気持ちが悪い……腹が減っても気持ちが悪いし、食べたら食べたで気持ちが悪い。食べ物の匂いによってはそれだけで気持ち悪いし、とにかく一日中気持ちが悪い。 「米が喰いたい……」  この世界の基本の食料は小麦だ、当然メインはパンになる。別段それに今まで不満を感じた事はないのだが、一度米が喰いたいと思ってしまったらその欲求が止まらない。  この世界にも米は存在している、ただやはり俺が食べていた米とは少し品種が違っているのだろう、ぱらっとした触感の物がほとんどで、しかも基本的に米だけでは食べないのでピラフのような形になってしまう。  違うんだよ! 俺は白米に納豆飯が食いたいんだよっっ!!! それこそ米はともかく納豆なんて存在してないだろうけどさ……  俺がうーうーと唸っていると、ハインツが「大丈夫?」と顔を覗き込んで背中を撫でてくれた。 「カズ、あんま無理するなよ? 何かあったらそれこそ一大事だ」 「でもこの屋敷、ただでさえ使用人が少ないのにこの有様じゃ申し訳なくて……」 「そうだよなぁ、早く新しい使用人雇ってもらわないと」 「え……」  ちょっと待って、もしかして俺ってばもういらない子? 使用人として役に立たないから? 「なに驚いた顔してんだよ、当然だろ? カズはもう使用人じゃない」 「ちょっと待って! 困る! 仕事がなくなったら俺これからどうやって喰ってけばいいんだよ!!」  俺の言葉にハインツが不審顔で「カズは何を言ってるの?」と首を傾げる。 「ご主人様とカズは結婚するんだろ? カズはご主人様の子供を産むんだろ? だったらこれからは使用人じゃなくて奥様だ」 「……へぁ?」  俄かに意味が理解できなくて間抜けな声が出た。っていうか、医者に妊娠を告げられてから俺はずっとこんな感じで、もしかして頭おかしくなっちゃったのかな? 「だ~か~ら、カズはこれから人に使われる側じゃなくて使う側だって言ってんの! ちゃんと分かってる? 大丈夫かな? 僕はすごく心配だよ!」 「人の良いご主人様に取り入って既成事実を作り、オーランドルフ家に潜り込んだ出自もよく分からない馬の骨。認知だけでは飽き足らず正妻の座を得ようとしている狡猾な元使用人……」  かけられた言葉に驚いて振り向くと、そこに立っていたのは難しい顔で腕組みをするミレニアさん。それにしても俺、今すごい事言われた気がするんだけど…… 「ちょっとミレニアさん! そんな言い方!!」  ハインツがミレニアさんの言葉を聞きとがめて抗議の声を上げるのだけど、俺ってばやっぱりミレニアさんに嫌われてんだな……少しは仲良くなれた気がしてたのに。 「私の見解ではありませんよ、それが世間一般の認知だと言っているのです。カズのその妊娠は決して幸せだけを運んでくるモノではない、その覚悟がないのであればあなたはその子を産むべきではない」 「それは子供を堕ろせって事ですか?」 「今ならまだ間に合います」  無意識に俺は自身の腹を撫でる。なんの膨らみも主張もない、ただ医者に言われたので「そうなのか……」と、納得だけはしたけれど現実感はまだ希薄だ。ライザックはこの妊娠をとても喜んではくれたけど、自分自身まだ戸惑っているのに、他人の口からこの子は望まれていない子だと言われるのはとても妙な気持ちになる。 「ミレニアさんはやっぱり俺とライザックの結婚には反対なんですか?」 「私は別にどうでもいいです、ご主人様がそう決めたのならとやかく言う事ではありませんが、あなたには世間の目から子供を守る覚悟のようなものがあるようには見えないので忠告に来たのですよ」 「子供を……守る?」 「あなたは本当に理解しているのですか? 分家とはいえここはオーランドの元王家の血を引く由緒正しい家なのですよ、そしてその子供はオーランドルフを名乗る跡取りとなるのです。その辺を転がっているただの子供ではいられません」  オーランドルフ家……ライザックは元王家の血筋でこの国ではまだ絶大な権力を誇る貴族の末裔なのだとそう聞いた。けれど俺達が暮らすこの家は分家の中でも吹けば飛ぶような立ち位置で、内情は色々火の車だというのも俺は知っている。 「俺達の結婚ってそんなに大層な話なのかな……?」 「やはりあなたは何も分かっていない!」  そんな事言われても…… 「とにかく、産むも産まないもあなたの自由ですが、オーランドルフの子を産むからには覚悟は持ちなさい、それが出来ないのならば産むべきではない。そうしなければ不幸な子供を増やすだけです」  ミレニアさんはそれだけ言って、俺達の前から去って行った。  覚悟……俺はまた自身の腹を撫でる。一体俺はこの子を産むためにどんな覚悟を持てばいいのかな?

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