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閑話:熊さんの昔話②
「バート、今日は何して遊ぶ?」
俺の周りにはいつでも誰かしらの取り巻きが侍り、腕に絡みついて俺を見上げる。ああ、こいつは俺が好きなのかと、その揺れる尻尾ですぐに分かった。獣人というのは好意が非常に分かりやすい。いくら感情を押し殺そうとしても揺れる尻尾と探る耳で何かしらの感情を読み取れてしまう。そんな感情の揺れを押し殺すのはとても大変で、それができるのは一部の訓練された者達だけだ。
元来感情というのは押し殺すものではない、そういう点で獣人というのはとても素直で分かりやすい。だが、世界を見渡した時それだけでは駄目なのだと思い知る。
獣人は基本的に人間とは交わらない。力では人間より優れている獣人だが狡猾さでは人間に勝つ事ができない獣人の住まう地域は限られている。人間と対等に渡り合う為には素直になっては駄目なのだ、俺の父親はその点に長けて外交面で出世した成り上がり者だった。
ついでに言えばミレニアの家系も同じように感情を操る事に長けていて、長く国外向けの外交を一手に担ってきていた。俺の父親とミレニアの父親はいわばライバル関係、そして唯一苦労を共有できる仲間として認めあってもいたのだろう。だが、それを子供世代にまで強制するのはいかがなものかと思うのだ。
ミレニアには愛想がない。何を考えているのかも非常に分かりづらいミレニアは確かに感情を綺麗にコントロール出来ているのだろう。だが基本素直で分かりやすい獣人にとってそれは異端でしかなくミレニアは学校でも完全に浮いていた。
「あ、あいつ! またこっち見てる」
腕に絡みつく猫獣人の尻尾が激しく揺れる、その視線の先にはミレニアが本を抱えて佇んでいたのだが、俺と視線が合うとふいと逸らし、踵を返し行ってしまった。
「僕、あいつ嫌い。何考えてんのか全っ然、分からないんだもん!」
「別に放っておけばいいだろう? 害がある訳じゃなし」
「でもいつも恨みがましそうな目でこっちを見てさ、気分が悪いったらないよ」
そんな事をそれまで感じた事はなかった俺は驚く。恨みがましい? ミレニアが? いつも完璧なポーカーフェイスのミレニアは俺には些細な感情ですら見せた事がないのに。
「きっと僕とバートの仲が良いのが気に入らないんだ」
「え?」
「婚約者なんでしょ、あいつ」
「ああ、まぁな」
「きっと妬いてるんだ、バートが僕を選んだから」
「選ぶ?」
きゃんきゃんと五月蠅いこの猫と俺との間には実は身体の関係がある。それは誘われたから乗っただけで特別な感情があった訳ではなかったのだが、もしかして既に恋人気取りか?
「そうだよバートは僕を選んだ、だから妬いてるんだ。婚約なんか早く破棄しちゃいなよ、もう必要ないだろう?」
「お前は何を言っている? 俺とミレニアの婚約は親の決めたものでそんなに簡単に破棄できるものではない」
「? なんで? だったら僕はどうなるの?」
「別にどうもならないだろう? 元々俺達は恋人関係ではないはずだ」
猫獣人の尻尾がぶわりと膨らみ「最っ低!!」と頬を引っぱたかれた。なんなんだお前、そんな最低限の事は分った上で俺に抱かれたんじゃなかったのか? 言っておくが俺にとってはお前など数いるセフレの内の1人でしかないというのに図々しいにも程がある。でもまぁ、そこはきっちり説明しなければ駄目だったとしたら俺にも落ち度があったな。
興奮する猫獣人を宥めていたら視線を感じ、顔を上げたら遠くからミレニアがまたこちらを見ていた。だが、やはり俺と視線が合うとふいと逸らして踵を返して行ってしまった。
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