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誕生
雨がしとしとと降るその日、我が子は産まれた。生まれたばかりの赤ん坊というのはこんなに小さいのかと驚くほどに小さくて、触れるのに躊躇してしまうくらいだ。
「ライザックさん、少しいいですか?」
子を産んで体力を消耗しすぎたのであろうカズが気を失うように寝入ってしまうと、出産の手助けをしてくれていた助産師に手招かれる。助産師の腕に抱かれた赤子は小さいながらももぞもぞと動いていて、これが我が子か……と感慨深い。
「もしかして奥さん、過去に触手 に襲われた事がおありですか?」
「え……」
何故そんな事が分かるのかまるで分からないライザックは小首を傾げる。
「おありなのですね――」
「え? 何ですか? 何故そんな事を……?」
「ここを見てください」
まだ生まれたばかりの我が子は白いタオルに包まれ全裸のまま小さな声で泣いている。そして助産師の指さした先、小さな赤子の足がもぞもぞと動いていたのだが助産師がその小さな足の指先を少し引っ張るとその小さな指がもぞりと伸びた。
「!? っな!?」
「こういう仕事を生業 にしていると稀にあるのですよこういう事が。この子は触手 の毒に犯されている……」
「なん……え――」
「今ならまだ間に合います、こういう奇形の子供が正常に育つかどうかは一種の賭けのようなもので、奥様には残念ですが死産だったとお伝えする事も可能かと……」
歯切れの悪い助産師、本来こんな事は言いたくはないのだろう、けれどそれは暗にこの奇形の子をカズが寝ている今のうちに殺してしまう事も可能だと、彼はそう言っているのだ。
「馬鹿な! この子は生きている!」
「長く生きられるかも分かりません、なにせこういった子供の事例は少なく、ほとんどの場合親御さんは――特に触手 に襲われた事のある母親がその時の恐怖を思い出し、発狂して子を殺してしまう」
「そんな……」
生まれたばかりの我が子を殺すか否かの選択を私にしろとそういう事か? 愛し気に腹を撫でるカズの姿が脳裏をよぎる。確かにここ最近子供を産むのが怖いと泣く事もあったが、先程産んだ我が子の姿を見て「可愛い」と笑ったカズにどうしてそんな仕打ちができようか。
「私には……できない」
「無理強いは致しません、が、この時期の母親の精神状態はとても不安定で何があっても私は責任を持てません」
「………………そこは伴侶である私の領分だ」
「あなたがそう仰るのであれば私は何も申しません。出過ぎた事を申し上げました」
そう言って助産師は腕の中の赤子を撫でる。その腕の中の赤ん坊は普通の赤ん坊となんら変わりなく見えるのに……
「抱いてみますか?」
助産師から渡された小さな小さな赤ん坊は本当に軽く儚くて、少し力をこめれば簡単に壊れてしまいそうでとても恐ろしい。助産師のしたように足の指を少し引っ張ってみるとやはりその指はもぞりと伸びたのだが、一体それの何がいけないのか分からなくなる。
「殺せる訳がない……」
ようやく生まれてきた尊い命を奪う事など出来るものか。この子がどんな子供だろうと私の子供に変わりはない。ぽたりと赤子の頬に雫が落ちた、ああ、この子の名前は「シズク」にしよう。カズともちゃんと相談しなければいけないが、きっとカズも良い名だと言ってくれるはずだ。
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