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失踪

 シズクは大人しい子供だった。まだ乳児であるのだから当たり前なのかもしれないが、あまり手がかからない。大変なのはこれからだと分かっているのだが、そんな大人しいシズクの様子がそれはそれで心配なようでカズはまた少し不安そうな表情を見せる。私はそんなカズにまだシズクのこの特殊な性質を告げられずにいる。  その指先は刺激を与えれば微かに伸びはするのだが、普段はなんの変哲もない当たり前の子供の手足だった。まだ出産を終えたばかりで心身ともに不安定なカズにそれを告げる事は躊躇われ、それでもいつまでも黙っている訳にはいかないなと思っていた矢先それは起こった。  日々の細々とした買い物は自分の仕事で、買い物を終え帰宅すると家の中からカズの悲鳴が聞こえた。何ごとかあったのかと家に飛び込み室内を見渡してみるが特に変わった様子は見られない。私がベッドの中で泣き続けるシズクを抱き上げるとカズは怯えたように後退った。自分の腕の中に収めたシズクが泣いている、そしてカズはそんなシズクを見て「化け物」だとそう言ったのだ。  ああ、もしや言うより先に知られてしまったかと、シズクをあやすのと同時にカズに手を伸ばしたらまたしても拒否され逃げられた。なにも恐れる必要はない、少しだけよその家の子供より個性的なだけでシズクは自分達の子供ではないかと、そう言おうと思った刹那、カズはベビーベッドに置かれていたおくるみを掴み乱暴にシズクに被せると私の腕からシズクを奪い取り家を飛び出してしまった。  想定外のカズの行動、助産師の『触手(ワーム)に襲われた事のある母親がその時の恐怖を思い出し、発狂して子を殺してしまう』という忠告の言葉が頭を掠めた。  慌ててカズのあとを追ったのだが小柄なカズは人の波に簡単に飲み込まれて見失ってしまう。けれどカズがこの街で行ける場所など限られているはずだ。カズを探して私は街を彷徨う、気付けばオーランドルフの屋敷の前に立っていた、まさかここに戻っている事はないだろうと思いはしたのだが、ここにはカズと仲の良いハインツもいる事を思い出し私は屋敷の扉を叩いた。 「ご主人様? どうしたんですか? あ、ハロルド様に御用で――」 「カズは! 来ていないか!?」  出てきたハインツに食い気味で詰め寄るとハインツは驚いたように後退る。 「来てないですよ、何かありましたか?」 「来ていないならいい、邪魔をした」  やはりこんな場所に来る事もないかと踵を返した所でハインツに「待って!」と引き留められた。 「カズになにか……」 「説明なら後だ、今は一刻の猶予もない!」 「もしかして……」 「ハインツ、お前何か知っているのか!?」  「知っている訳ではないですけれど……」とおずおずとハインツが語ったのは自分とカズとを引き合わせてくれた占い師とカズとのやり取りでライザックは驚く。カズと自分を引き合わせてくれたのは間違いなく占い師I・Bだったのだが、カズは未来予知(さきよみ)には懐疑的だったし、正直自分もいまだ半信半疑のままだったというのに、その占い師の言葉に鳥肌が立つ。あの件の占い師はシズクのあの姿を生まれる前から分かっていたとでもいうのか!? 「カズは先生の言葉がショックだったみたいで、帰りも上の空だったんです。カズは元々占いなんか信じないって豪語してたのに、あれから元気もなくなって……僕、連れてくんじゃなかったってずっと後悔してたんです」  肩を落とすようにそう語るハインツ。何故カズはそれを私に告げてくれなかったのだろう? 私がいまだあの占い師を妄信的に信じているとでも思ったか? 産んでは駄目だと言われて私が子に何かするとでも思われたか? 確かに私は占い師の言葉を信じカズと出会い結ばれた、だがそれはあくまで結果論であって私はカズがカズでなければ彼に惹かれはしなかった。 「ご主人様、もしかして先生の言う通りの事が何かカズに起こったのですか?」 「何もない!」  シズクは恐怖の対象ではない『不安、不遇、恐怖、混乱』もしそれがあるとしたら、それは現在カズの心の中で起こっている事で、それはシズクに起因するものかもしれないが、シズク自身は現在何もでもきないただの赤子ではないか!  強すぎる故に周りを不幸にする? そんな話知った事か! 現在私は不幸ではないし、今後不幸になる予定もない! カズが私に教えてくれた、与えられたモノだけを享受して生きていく事はもう止めだ。自分の人生は自分で切り開く、私はそう決めたのだ。  踵を返しオーランドルフの屋敷を後にする。カズが何処にいるかは分からない、けれど『占い師I・B』彼は何かを知っている。目指すのは繁華街、ライザックは真っすぐ前を向いた。

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