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救いの光
育ての親……確かにそうか。この占い師だとて木の股から生まれた訳でも、生まれてすぐから大人だった訳でもない、だとしたらこんな異形の姿をした彼を育てた人間が何処かにいるのは間違いない。
「その子は普通に育てられるのか? 普通に――育つのか?」
「当たり前でしょう? 先程も言いましたが私もこの子も特殊な力を有しているだけで中身はただの人なのです、育てたように子は育つ、子育てとはそういうものです。分かったらもう行ってください、あなたには異形の子供などいなかった、ただ少し病弱で幼くして子供は亡くなったとそう言えば誰も怪しむ事はありません。あなたの中に残った触手 の毒はこの子が全て引き受けてくれた、だからもうあなたは二度とこんな子供を産む事もない」
「え……」
「この子のこの姿はあなたの体内に残った触手 の毒を全て引き受けた為の副産物だと言っているのですよ、子を産む事で全ての毒を排出したあなたは、もう何も苦しむ必要はない」
シズクが触手 の毒を……? 待て、だとしたらシズクがこの姿で生まれたのは全て俺があの触手に襲われた事が原因なのか? シズクがこんな姿なのは全て俺のせいなのか!?
「さぁ、分かったらもうお行きなさい」
「嫌だ!」
思わず口をついて出た拒絶の言葉、俺は占い師の腕から我が子を取り返す。シズクの手はぬるりと伸びて今や完全に触手となっているが構うものか!
「この子は俺の子だ!」
「自分の子だからと言ってその子の生殺与奪の権利はあなたにはありません!」
「だったらあんたが俺に教えてくれたらいい! あんたならこの子の育て方が分かるんだろう!? だったら教えてくれよ、お願いだ――俺だってこの子を、殺したくなんてないんだよ! 何かないのか!? この触手を封じる方法とかそういうの!」
「ありませんね、コレはあくまでも私達にとっては体の一部、ついでに言うなら切ってもまた生えてきます。切り離せないのですよ」
占い師の言葉は淡々としたものだ。切っても切り離せないとはまた一体どういう体の仕組みなのだろうか? トカゲのしっぽのようなモノなのか? けれど逆に考えればよほどの事がない限りその手足は怪我をしても修復可能という事か、それはそれで凄い事だ。
「だったらあんたはどう育てられた!? どうやって俺はこの子を育てたらいいんだよ!」
「先程も言いましたが育てたように子は育ちます、普通に育てられるのならそれに越したことはありません」
占い師の返答に俺は瞬間言葉に詰まる。この異形の子供を普通に、育てる?
「私達はこんな姿をしていますが人間だと先程も言いました。化け物を生み出すのは人の心、化け物だと言われ続ければ人は化け物になりもしますが、普通の子と同様に育てられればその子も普通に育ちます」
「そんな簡単に……」
「私は言いましたよ、あなたがその子を化け物だと言うのなら、きっと私も化け物なのでしょう、とね。そしてあなたに私が普通の人間に見えるのならその子もあなたにとっては普通の子供です」
目から鱗が落ちるとはまさにこの事か、この子にとって触手 が普通なのだと俺が受け入れさえすればシズクは化け物でもなんでもなく、ただの俺の可愛い子供なのだと占い師はそう言うのだ。
力が抜けてまたしてもへたり込んだ、なんだ……なんだよ……だったら俺はこの子を受け入れられる、このへんてこな世界にもうまく馴染んだ俺の適応力舐めんなよ! 良かった、俺はこの子を愛しても大丈夫なんだ……
腹から込み上げる笑い、けれど瞳からはぼろぼろ涙が零れて相変らず俺は自分の感情の制御ができない。
「惑いが……消えましたね」
占い師が少し戸惑ったようにぼそりと呟く。
「ふふふ、なにそれ? あんたのそれ、何なの? あんたにはその触手以外にも何かありそうだけど、それも触手 と何か関係あるの?」
「どうなのでしょうね、私には今まで同胞がいた事はありませんので、私のこれが触手に関係あるものなのかどうかまでは私には分かりません。私は元々視力が弱く生まれついて、その代わりというように人の感情が色で見える能力を持って生まれました。未来予知(さきよみ)に関しても視える人もいれば視えない人もいて、これを生業にはしていますが半分はただの当てずっぽうです」
「ふはっ、あんた、自分のインチキを認めるのか!」
「こんな風に生まれついた私でも稼がなければ生きていかれません、できる事で稼いで何が悪いのですか? 私は私が出来る事をしてただ普通に生きているだけです」
占い師が開き直った。ただ普通に生きている、それが異形に生まれついた彼にとってはとても大変だったであろう事は俺にだって察する事くらいはできる。彼はとても強い人だ、そして自分と同じ境遇に生まれてしまったシズクを引き取ろうとするくらいにはとても優しい人でもあるのだろう。
「ありがとう、あんたは人の悩みを晴らしてくれるとても優秀な占い師だよ」
「そう思っていただけるのなら、どうぞこれからもご贔屓に」
「悪いけど俺、占いとかそういうのは信じないたちだからご贔屓にはできないな。あんたが普通の人だって分かるから、この子もちゃんと普通の人間だってそこは認めるけど、未来予知 とか正直胡散臭くて……」
「ははは、私、あなたみたいな人大好きですよ! 私に未来予知 ができる人というのは何かに惑い停滞している人、未来を思い描けない人ばかりです。未来に可能性が幾つもあってそれを自力で掴み取っていく人の未来は私には視えないのです。そしてそういう人はそもそも私を頼ってはこない、私はそれでいいと思っています」
占い師の表情はとても清々しい。俺はおくるみの中のシズクを見やる。そこには可愛らしい赤ん坊がにこりと笑みを見せていて、その笑顔が可愛いと思えた俺はやはり泣き笑いほっと息を吐いた。
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