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第53話
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(王宮にいた頃は、こんなにも近くで星を見ることなんてなかったのに…………)
【アルマナの水場】____正確には、オアシスと皆から呼ばれている砂漠の中にポツンとある癒しの場所に向かって行く道中のこと。
すっかり日が落ちて辺り一面が黒一色に染まり、ルベリア以外の皆は既に寝息をたてているであろう夜更けに、情けないことだが一人眠れずにいたため野営場所から少し離れた所で夜風に当たることにした。
日中はギラギラと突き刺すような厳しい熱さに覆われ、みるみる内に体力が奪われてしまっていたが、流石に夜となった今は熱気は殆ど感じられない。
そのため、英気を養うには正に今が絶好調なタイミングといえる。
けれど、どうしてもこれから【アルマナの水場】に向かうと決意した瞬間から自らの意思とは無関係に纏わりついてくる《愛しい兄であり母でもあった亡霊》がルリアナの心を掴み簡単には離してくれずに気分が沈んでしまう。
変わらなくちゃ____これからは心から強くならなくちゃ――と、決意したはいいものの、そう簡単には変わることができないと【現実】を突き付けられてしまい、ルリアナは両膝を抱えながら身を縮こまらせている。
母であり兄であったセレドナの亡霊は、ずっと側にいて哀しげに微笑みかけてくる。
目の前には、つい先程つけたばかりの焚き火が、吹き付けてくる風に煽られ、まるで舞いを踊っているかのように激しく左右に揺らめいているのだ。
パチパチと響く音____。
一瞬、豪々と燃え上がる炎の中にセレドナを見た。
凄まじい痛みと苦しさから身を捩り、怨めしげに此方をじっと見つめてくるセレドナの亡霊を____。
(これ以上、見たら駄目だ____)
頭の中では、これ以上セレドナの亡霊を見るのは良くないことだ、他の皆から見ておかしいと思われてしまうことだと分かってはいる。
「どうして、僕の前に出てくるの……セレドナ?やっぱり、僕のことが……に____」
ふと、つい口走っていた。
それと同時に、すぐ近くから気配を感じて慌てて振り向く。
燃え上がる炎の音と方々から聞こえてくる虫の音しか聞こえてこない静かな夜だから――と完全に油断しきっていた。
僕の隣に、ルリアナが無言のまま腰をかける。
意外なことにルリアナは、以前のように叱責する訳でも、ましてや端から見ればおかしな言動をしていたルベリアに対して怪訝そうに眉をひそめ素っ気ない態度をとる訳でもなく、ただ静かに此方を一瞥してから同じように焚き火がゆらりゆらりと燃え上がるのを暫くの間見続けていたのだ。
「お前は、まだセレドナ兄さんの最期のことを気にかけているのか?」
怒りを孕んだ声色でも、呆れ声でもなくルリアナは淡々と尋ねてくる。一瞬、『もう気にしていない』と誤魔化してしまおうかとも思った。
でも、あんな惨劇が起きたせいで唯一生き残った実の兄弟に対して、それだけはしてはいけないと感じたため素直に頷いた。
「この旅が始まってから……俺はずっと、こう感じていた。いや、今でもそう思っているんだが……ルベリア――お前がセレドナ兄さんの最期を思って嘆き悲しむのは至極当然のことだ」
ルリアナの手は、小刻みに震えている。
「むしろ、おかしいのは血の繋がりがある兄の死に対して涙ひとつ浮かべることができなかった俺の方だ。自分のことが、分からない……俺には人間らしい血――というよりも感情がきちんと流れているのだろうか?」
ルベリアは未だに小刻みに震えている兄の手の上に自らの手を遠慮がちに重ねる。すると、途端に彼の手の震えがなくなったことに気が付いて無意識のうちに笑みを溢す。
「あろうことか、俺は弟であるお前に嫉妬していた。お前が父様とセレドナ兄さんとの間に生まれた子供ということに対しての驚きよりも、愚かなことだが……お前ばかりを可愛がっていたことに対して憎しみを抱いていたんだ。だからお前に、いつも偉そうで冷たい態度ばかりとってきた。セレドナ兄さんとの永遠の別れに対して薄情な態度しか取れなかったというのに____」
ルリアナが必死に涙を堪えて本心をあらわにするのを我慢しようとしているのが、間近で見ていて良く分かる。
そもそも昔から、自らの本心を他人に晒すのが得意ではない人であり、そんなところは自分と瓜二つだった。
「…………」
ふと、右手を上げつつ声をかけてきた態度を見てはビクッと体を震わせるルリアナ。
「あなたは芯が強い人間で、僕はそんなあなたを尊敬してる。それはセレドナ兄様も同じだった筈だし、僕はもう前みたいに無闇に怖がったり、ましてや避けたりなんてしない……です____」
幼い頃から共に暮らしてきた兄の体を初めて抱き締めたな____、などと思いながら今までずっと血の繋がりのある愛しい兄のことを自ら避けていたという愚かな行為をし続けていたことに対して後悔と罪悪の念に蝕まれながらも素直な言葉を告白する。
「何よりも、僕らは家族っていう絆で繋がってる。それにノスティアード様はルリアナ兄様のことを心の底から認めて受け入れようとしてるんだ。だから、僕らは二人で頑張っていかなくちゃ____卑怯な裏切り者達に、この絆を崩される訳にはいかないんだ」
「まるで、俺がお前の弟のようだな。俺は、まったくもって情けない兄貴だ。そうだ、ルベリア…………ずっと、長いこと言えていなかった言葉があるんだが聞いてくれるか?」
目を丸くしながら、ルベリアは兄の言葉を待つことにした。相変わらず、眉間に皺を寄せながら無愛想な態度をとるルリアナ。
しかし、これまでと違って嫌な気持ちにはならない。
「その……っ……誕生日おめでとう____」
あまりにも予想外な言葉を耳にして思わず、吹き出してしまう。
ひとしきり、笑い終わった後にルべリアは満面の笑みを浮かべながら口を開く。
「ありがとう………お兄ちゃん」
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