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妖精にアンコールはいらない。【1】

人類は新たな種の生成に成功した。 人間と妖精との間に生まれた亜人種、『フェアラール』。 背には飛べもしない羽があり生まれてくる子は皆、男子。見目麗しく虚弱体質であった。命を落としやすい故に、希少価値が高まっている人種。 フェアラールは政府公認の店「夜伽語り」に集められ、夜な夜な夢と官能をまき散らす。 それが本人の意思と関係がなくとも。 コツ、コツ、と革靴の音が響いていた。ハルはその日、遠出の帰り道、雨に降られたところだった。雨粒を吸ったマントは重く、肌に纏わりつく水分の含んだシャツの布が気持ち悪い。濡れそぼった蜂蜜色の髪の毛は、水分で濃い茶色になってしまっていた。家まではまだ遠い。どこか宿を探して、一泊してみてもいいだろう。 適当に馬車を拾って、宿を探していると告げると乗員は「いいところがありますよ」と言い、馬車を走らせた。ガタコトと揺れる場所の振動に身を任せ、つい、うたた寝してしまった。 「旦那、着きましたよ。」 「んー…?ああ、ありがとう。」 運賃とチップを渡し、馬車から降りるとハルは目の前にそびえたつ洋館の様子を伺った。 手入れが行き届いており、花壇には花まで行けてある。奥からはアコーディオンの音色が聞こえてくる。 ―…夜伽語り…― どうやら人はいるようだ。 ハルはほっと一息ついて、玄関の扉を開けた。 「いらっしゃいませ。」 落ち着いた男性の声がエントランスホールに響く。ハルは軽く会釈して、フロントに向かった。 「申し訳ない。予約をしていないんだが、部屋はまだ空いているかい?」 「今、ご確認いたしますね。…、…。はい、一室のご利用でよろしければ空いておりますが、如何なさいますか?」 「それで。」 「ありがとうございます。こちら、鍵となっております。チェックアウトの際、お返しください。」 鍵を受け取り、指定された部屋に向かう途中のことだった。 「旦那様、フェアラールはどのような子がお好みですか?」 店長のような男がハルに近付き、囁いた。 「…フェアラール?」 「ええ。人間と妖精との間に生を受けた者たちです。ご説明するよりも、拝見した方が早いですね。どうぞ、こちらへ。」 ハルは首を傾げながら、後について廊下を歩いていった。 「ここです。」 「?」 ハルが開かれた扉の奥を覗くと、そこにはフェアラール…基、妖精たちがそこにいた。 緩くウェーブのかかった金髪の者。 飴玉と見まがうばかりの大きく潤んだ碧色の瞳を持つ者。 白い肌にしどけなく衣服を身に纏う者。 「すごい、な。」 「でしょう?うちの看板みたいなものですから。彼等は夜伽のために、ここにいます。お部屋に一人お連れください。」 ハルはようやく理解する。ここは、普通の宿屋ではなく春をも売っている場所なのだと。 このような商売は正直、好きではない。だが、外は雨が降っている。この時間、また宿屋を探すのも、馬車を探すのも大変だろう。ハルは気付かれないように溜息をついた。 「…そこの子は?」 ハルが目線で示した先には窓辺に寄り掛かって眠る、大人のような子供のような中立的な雰囲気を持つ者だった。 「そこの…。ああ、イトですね。見目は抜群ですか、彼には少々問題があります。」 「どんな?」 「羽が真黒いんですよ。不吉でしょう?まあ、いろんな子が居ますので、」 「いや、イトにしよう。部屋に通してくれ。」 物好きですね、と苦笑交じりに、ハルは部屋に通されたのであった。 数分後、荷物の整理をしているハルの部屋の扉が控えめにノックされた。 「開いているよ。」 ハルの言葉に僅かな逡巡をしたあと、控えめに扉は開かれた。そこに立っていたのは、まぎれもなくイトと呼ばれたフェアラールだった。 「…ご指名、ありがとうございます。」 声からは何の感情も見付けられない。長めの前髪から覗く涼しげな目元には一つ、蠱惑的な黒子があった。 「うん、誰でもよかったんだけどね。」 「お察しします。」 自分の価値を心得ているかのように、イトは頷いた。ハルは、くあ、と欠伸をする。 「適当にしていていい。俺は眠るから。」 「え…、」 初めて、イトの表情が変わった。それは困惑の色だった。 「ですが、その。」 「ん?」 イトは手元を見つめながら、本当に申し訳なさそうに身を小さくする。 「旦那様との…、夜を共にした証をいただかないと、仕置きが…。」 「…ペナルティがあるんだ?」 「はい。」 「ふうん…。じゃあ、こちらへきて。」 「はい…。」 イトは足音を立てずに、ハルの元へ歩み寄った。空気の動きにふわりと、ラベンダーのような清涼感のある香りが立った。 「香水、つけてる?」 「いえ、リネン水かと。」 「そう。いい香りだ。」 ハルはそっと髪の毛を掻き上げるように、イトの首筋に触れた。 「服を脱いで。羽を見せて。」 「…っ。」 ちゅ、とハルが唇で愛撫するのは羽の付け根だった。イトはぴくりと肩を震わせる。 「旦那様…、そこはもう…。」 「本当に嫌だと思ってる?」 少しだけ歯を立てるように、羽を甘噛みするとイトはいよいよ本気で嫌がった。自らの手の指を噛みながら耐える姿に、ハルの嗜虐心がくすぐられた。 「ダメ。」 「…え…?」 「指を噛むな。噛むなら、俺の指を噛んでて。」 そう言って、ハルはイトの口腔内に自身の指を差し入れた。口の中は温かく、ぬるりと湿っていた。舌の動きが心地よい。イトはいやいやをするように首を振った。 「ぁ…、うあ…!」 無意識に浮く身体を片手で制し、ハルは羽に執着した。イトの、フェアラールの羽は鳥のようなふわふわな羽毛ではない。それは蝙蝠のような薄い皮膜と華奢な骨によって形成されていた。破れてしまいそうな皮膜は触れてみると、実は固く丈夫だった。骨に添って指を這わせると、イトはびくびくと身体を震わせた。どうやら相当、感じやすい箇所らしい。 「…ねえ。俺が君と寝た証が必要なんだっけ。」 こくこくとイトは頷く。 「じゃあ、ここに残そうか。」 「!」 ハルが一層強く、羽の付け根に口付けた。イトの背が弓なりにしなる。 そこには黒い羽に、白い肌。紅いキスマークが刻まれた。 Next.

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