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妖精にアンコールはいらない。【2】
月の光が連れてくるものは、いつも冷ややかで一つの夢を塗りつぶしていく。夢―…。それは愛のカタチ。ただ温もりを求めているだけなのに、それすらも叶わない。きっと、ずっと。死ぬまで、自分は独りなのだろうとイトは思っていた。
一夜の激しい熱は嵐のように自分を翻弄し、去っていく。やわらかな微熱とは程遠い。
イトは黒い羽を持つフェアラール。羽の所為で迫害され、友人もいない。
黒は不吉な象徴として、今も昔も有名過ぎた。夜伽語りでたまに来るイトを指名する客は、イトの身体の負担を考えない者だった。
一夜に何度も責められ、気を失っては頬を打たれて、無理矢理にでも覚醒させられた。イトが涙を零すとそれを喜び、また弄られた。
その夜もまた、イトは空を見上げていた。今夜は雨雲に覆われて月は見えない。少しだけ、安堵した。月の光だけでも眩しすぎるから。
トロトロと微睡み、夢と現を行き来していると夜伽語りの店員に起こされた。ただ一言「来い。」と告げられて、イトは悟る。今夜は客のある夜ということを。
湯浴みを済ませ、髪の毛を結い、唇と目元に紅を引く。外見を整えて客のいる部屋の番号を知らされる。重い足取りで、その寝所に向かった。
そこにいたのは若い青年だった。蜂蜜色の長髪を緩く束ねて、蒼い瞳は垂れ目がちで雰囲気は獣と言うより大形犬のように穏やかに感じられた。
青年は何もせず寝ようとして、イトは困惑してしまう。何もないに越したことはないが、夜を共にした証がなければちゃんと接客したことにならない。店からの体罰は避けたかった。その旨を伝えると、青年はイトを自らの元へ呼び寄せた。
首に触れられ、くすぐったい思いをしていると低く甘やかな声で耳元に囁かれる。
「服を脱いで。羽を見せて。」
後から抱きしめられるように、青年がイトを拘束する。何度、傷付けて手折ってしまいたいという衝動に駆られた羽に、青年は執着した。
自分の羽がいかに敏感かを思い知る。舌の動き、唇の形、吐息の熱。一つ一つが羽を伝い、詳細に知ってしまう。緩やかに、波打つ羽に青年は増々興味を持ったようだ。残された夜を共にした証は、羽の付け根に落とされたキスマークだった。イトが、は、と荒く吐息を零すと青年はやっと解放してくれた。
触れられたすべての個所が熱い。次に何が待ち受けるのかと慄いていると、青年は頭を枕の上に落とした。
「…旦那様?」
「ん…もう眠い。」
「…。」
「眠ろう。おいで。」
おずおずと振り向いて、青年を見るともう半分夢の中にいた。誘われるようにイトは青年の腕の中に納まった。抱き枕のように抱かれ、太陽のような香りと温もりに包まれる。
戸惑いの中、イトはほっと一息ついて青年と共に眠りについた。初めての他人との緩く、穏やかな宵だった。
窓の分厚いカーテンから、真白い光が一筋零れている。心穏やかな朝を迎えたのだ。
「旦那様。」
「…なにー?」
イトが腕の中からハルを見上げる。ハルは寝起きが悪い質らしく、寝ぼけているような声を出した。
「朝です。朝食の時間に遅れてしまいます。」
「いらない…。」
「ですが、」
「…うるさい。」
ハルはイトの頭を抱え込んで、ベッドの中に引きずり込んでいく。そして決して放さないといった風に、きつく抱きしめた。
「旦那、様…っ!」
「朝寝をするのも、たまにはいいだろ。」
そういって、ハルはうつらうつらとしながらイトの髪の毛を撫でた。漆黒で柔らかい毛並みはまるで黒猫のようだと言われたことがある。
ハルの手はイトの頭から、腰に掛けて優しく撫でていく。イトの細い腰が敏感にビクついた。
「昨夜も思ったけれど、感じやすいんだね。」
「そんなことは、」
「嘘はだめだよ。」
そういってハルは、イトの耳朶を噛んだ。
「ひぁっ!」
「やっぱり感じやすい。」
ハルはいたずらっ子のように笑った。そのまま戯れるように、ベッドの中でイトの四肢を弄っていたのであった。
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