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妖精にアンコールはいらない。【3】

結局朝食の時間には間に合わず、ハルはイトを離さずにベッドで戯れていた。ようやく手放したのは、チェックアウトの30分前のことだった。身支度を整え、ハルはイトを伴って部屋を出た。 「お勘定を。」 「かしこまりました。」 フロントで、ハルは宿賃を払う。そんなハルを見つけ、夜伽語りの店主という人物が話しかけてきた。 「旦那様、イトは如何でした?粗相は致しませんでしたか?」 「イトが?まさか。」 問いに対するハルの答えに、店主はほっとしたようだった。 「それはよかった。イトは不愛想な性格の上、あのような見目のため心配しておりました。」 「…。」 「いえね、ここだけの話なんですが、イトは他の夜伽語りからたらいまわしされてきた子でしてね。うちでも持て余しているんですよ。」 店主が紡ぐ言葉をハルは黙って聞いていた。そして手を顎に添えて首を傾げ、なにかを考える素振りを見せる。 「イトを持て余すほど、この店はフェアラールがいるのかい?」 「そうですね。ここら地域では、一番大きい店ですから。」 「じゃあ、一人いなくなっても困らないね?」 「え?」 ハルの言葉の真意が見えず、何故?と店主は目で訴える。その視線に、ハルは笑って答えた。 「イトを身請けしたい。」 とある山の森の奥。湖の畔に立つ、小高い塔の最上部。ここがイトのすべてだった。 イトは窓辺の椅子に座り、外界を眺めていた。目に眩しい新緑の葉。群れを成す水鳥たち。空気は雨の痕のように瑞々しく、肺を満たして冷やしていく。目を凝らせば、夫婦の鹿がゆっくりと横切っていった。 「――♪」 歌をうたう。遠い昔、誰かが歌って聴かせてくれた悲しく儚い、優しい歌。 イトを落札したのは、ハル・クラウディオという貴族。彼は周囲で変人と呼ばれていた。社交界に滅多に顔を出さず、釣りや狩りの誘いも全て断り、メイドも執事もつけず山奥の敷地に家を建て一人で暮らしている。 『イト。今日から、君は俺の家族だ。』 『家族…。』 ハルは突然のことに驚くイトを見て、ふんわり笑った。 『これから、よろしくね。イト。』 錠が落される音が響き、かつんかつん、と階段を昇る足音が聞こえてくる。近づいてきて扉の前で止まった音を聞いて、イトは椅子から降りて扉を開けに立った。 扉を開けると、イトと自分の食事をトレイに乗せたハルがいた。 「ありがとう、イト。」 「いいえ。」 ハルはテーブルの上を食事ができるようにセッティングしていく。それが終えると、イトの名を甘く優しく呼んで座らせた。 「食べよう。」 「はい…。いただきます。」 「いただきます。」 二人だけのささやかな食事が始まる。会話らしい会話はなかったけれど、それでも流れる時間は温かいものだった。ゆっくりと時間をかけて食事を終えて、ハルはイトをベッドに誘った。 「イト、おいで。」 手を差し出されて、何故、イトに拒絶する意思があっただろう。その手を取って、誘われるままに寝室に移動する。ベッドは天蓋の着いた豪奢な物で、ゆったりとレースのカーテンがドレープしていた。キングサイズのそれは、ハルとイトを包み込んで尚、まだ余裕がある。僅かな恐怖と、大きな期待が胸をかすめながらイトはメイクの済んだベッドの端にそっと立った。 イトの服を脱がせて、ベッドに寝かせた。裸のイトは心細く漆黒の羽を揺らし、所在無さげに視線を漂わせる。ハルは洗面器一杯のぬるま湯にハチミツを落とす。柔らかな花の甘く、少しだけ生臭い香りが部屋に広がる。 そのハチミツを溶かした湯を使って、ハルはイトの肌をマッサージしていくのだ。ほんの少し痛くて、身体の芯を解していくような力加減だった。 「イトの肌は真珠みたいで綺麗だね。」 宝石の中で唯一体温を感じられる真珠を例えに出して、ハルはイトの事を褒めた。 「滑らかで、温かくて。肌によく馴染む。」 ハチミツのとろみがイトの肌とハルの手を密着させ、より身近に感じさせた。イトは、くっと喉を鳴らす。 「大丈夫、イト?」 「…っ…、」 こくんと頷くイトを見ながらハルは、喉元、鎖骨、胸に触れていった。一瞬だけ掠れた胸の先端は紅く熟れ、果実のようだった。 初日。イトを塔の上に閉じ込めて、ハルは宣告する。俺と君はいずれぐちゃぐちゃに溶けて一つになると。 『イトの負担になることはしないよ。まずは肌の傷を治そう。こういうのは時間をかけてゆっくりとね。』 その時はまだ、夜伽語りの乱暴な客の名残で白い肌の上に痛々しい朱の傷痕が残っていた。 言葉通り、ハルは優しかった。とても紳士的で、粗暴な場面は一度もない。初日は、キスをして終わった。それから徐々に、傷を癒すように愛撫する場所が広がっていった。 次々に開発される快感にイトは只々恐怖した。まるで自分が自分ではいられなくなるような感覚だった。 ハルの手がイトの下腹部を撫でる。そしてまたゆっくりと下にずれていき、淡い下映えに手が触れた。思わずイトは足の指を丸めて、その刺激に耐えた。シーツが波立つように乱れていく。 「…は、ぁ…う。」 イトの雄をハルの大きな掌が包み込み、柔く揉んだ。片手はイトに触れて、もう片手はハチミツ湯を掬い、鈴口の先端に注いでいく。ぐずぐずと身体の芯が蕩けていくようで、怖くてイトはシーツを噛んで涙を零した。 「イト。大丈夫、出していいよ。」 「う、う…ン。」 その言葉を皮切りに、イトは身体を痙攣させながら軽く気を遣った。 「可愛いイき顔だったね。」 ちゅ、と汗ばむイトの前髪を手で掬って、口付ける。ベッドに身を投げ出して、息も絶え絶えに見つめてくるイトは可愛かった。 Next.

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