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妖精にアンコールはいらない。【最終話】
部屋は広く、眼下には湖が一望できた。雨が涙のように降るから、本当に泣きたくなった。イトも、またハルも外を眺めながらぼうっとしていた。
「イト、こっちへ来て?」
一瞬の逡巡の後に、イトはゆっくりとハルの元へ訪れた。ハルはそっとイトの手に触れる。ぴく、と肩が震えた。
「嫌なら言って。怖かったら、逃げて。」
「…。」
いよいよ、この時がきたのかとイトは思う。だけど、気付いてしまう。
「何故…、泣くんですか?」
ハルは涙を零していた。雨と、同じだ。
「泣いてない。」
「…泣いています。」
イトは思わずハルを抱きしめようとした。だけど、竦んだようにその仕草を止めてしまう。
「イト…?」
「ごめんなさい。こんな…こんな、汚れた手で。汚い、汚い…っ。」
「イトっ!」
イトは壊れたおもちゃのように固まって、自らの手を凝視していた。ハルはイトを抱きしめた。
「大丈夫だから、落ち着いて。大丈夫、大丈夫。」
「駄目…。触らない、で、汚い…か、ら。」
「汚くない。イトは汚れてない。」
子供のように泣きじゃくるイトをあやすように宥め、背をさする。手にはその黒い羽が触れた。
「…ハルさま…、どうすればいいですか。」
恐らくは、この後の事。この後、この部屋で行われるであろう睦み事。本当にどうすれいいのかわからないのだろう。声も身体も震えて、迷子のように怯えている。
「どうしたい?シャワー、浴びる?」
こく、とイトは頷いた。そしてそろそろとハルから身を放すと、バスルームに向かった。脱衣所の扉が閉められ、残されたハルはベッドに沈み込んだ。仰向けに寝転んで、イトの心情に思いをはせた。イトがハルに心を開きかけていることを知っている。その上で、たくさん傷ついてきたことをイトは後悔し、気にしている。
痛みを失くしてやりたい。苦しみから解放させたい。
「…どうすれば、いいのかな…。」
遠くで聞こえるシャワーの音と雨の音が混ざり合い、ハルは瞳を閉じた。
「…?」
隣から重みで軋む音が響き、ハルはゆっくり目を開ける。横を見ればバスローブに身を包んだイトが丸くなるように、ハルの傍に寝転んでいた。目が合い、イトはすまなそうに目を細めた。
「…起こしてしまいましたか。」
「いや、起きた。」
それからしばらく二人、高い天井を見つめていた。手がふと触れ、きゅっと握ると握り返されて、それが妙に安心した。
「…ねえ。イト。」
「何でしょうか?」
「キス…、しても、いい?」
「…はい。」
握った手を組み替えて起き上がり、ハルはイトを見下ろした。見上げるイトの瞳は涙を多く含んでいるのか、うるりと潤み光が溜まっていた。唇が触れる刹那、その瞳から一筋の涙が零れた。
自ら脱ごうとするイトの手を止めて、ハルがバスローブを脱がせた。
肌は白く胸の先端は少女のような淡い桃色をしていた。怖がらせないように、胸だけを攻めた。口に含み、片方は転がすように指の腹で撫でた。
「…んっぅ。ハ、ル…さま。」
イトは無意識なのか、ハルの名を何度も読んだ。ハルは心臓を掴まれたように切なくなった。
「イト…、大丈夫?怖くない?」
イトは頷く。ハルは確認をしながら、愛撫の幅を広げていった。胸、みぞおち、へそに唇を落とす。とくにへそは感じてしまうらしく、びくびくとイトは身体を震わせた。
「噛まなくていいよ。我慢しなくて、いいから。」
ね?とあやすようにハルは言う。イトは指を噛んで、耐えていたのだ。耐え忍ぶ姿もそそられるが、今はイトの快楽を優先したい。自由に奔放に、感じてほしかった。
「あ、う…や…、」
「嫌?止めようか。」
「ち、違う…、恥ずかしい…。」
「恥ずかしいことはないよ。」
ハルはそう言いながら、イトの性器を口に含んだ。下腹部の下生えは薄く、肉は柔らかい。熱く湿った口腔内は女性のように締め付けないが、控えめに、だけど確実にイトの良いところを刺激した。
「…出、る!やだあ、ハルさま…っ。」
イトは身をよじる。ハルは離さずそのままちゅっと強く鈴口を吸った。
「…っ!」
じわりと苦い性が口の中に広がった。それを全て飲み込んで、ハルはやっとイトを解放した。
「は、…はぁ…。」
息も絶え絶えに、イトはハルの首に腕を絡めた。ハルもそれに応じ、イトを強く抱きしめる。
「イト…、大丈夫?気持ちよかった?」
「はい…。」
「そう。よかった。」
ハルがほっとしていると、イトが遠慮しがちにキスを求めてきた。ふいと避けると、イトは悲しそうな顔をする。
「あ…、ごめん。口、まだイトのが…。」
「いい、それでも…っ。」
「わかった。」
ハルは控えめに真斗に口付けをした。長い、長い過去を埋めるキスだった。
「ごめんなさい…ハルさま。」
「何が?」
「…初めてじゃ、なくて。」
「イト…、大事なのは最初の人じゃなくて最後の人だろう?」
「!」
イトは一瞬、目を見張りそして泣きながら微笑んだ。
「…はい。」
「ねえ、イト。俺の秘密を教えてあげようか。」
「え?」
ハルが服を脱ぐ。それは初めて見る、ハルの背中だった。そこにあるのは。
「黒い…羽?」
ハルの背にも、イトと同じ黒い羽が生えていた。といっても、あったのは羽の根元だけで翼は無い。
「昔、もがれたんだ。俺もイトと同じ、フェアラールだ。」
心無い人間に羽をもがれ、途方に暮れていたハルをある貴族の男性が身請けしたのだと言う。今のハルの地位は、その男性が老衰で亡くなるときに引き継いだものだった。
「その方は俺に言った。もしもお前と同じ翼をもって、そのフェアラールが不幸なら。お前が救ってあげるんだよ、と。」
「それが…僕だったんですか?」
ハルは頷いた。
「同じ黒い羽。不幸な境遇に惹かれたんだ。ごめんね。」
こんな不健全な理由で、と謝る。
「俺には…お前だけだ」
そう言うと、ハルは再び意図を抱き締めた。
「…っ…あ、」
夜、暖房の利いた部屋。汗ばむ肌が互いの身体をより密着させる。ぴったりと吸い付いて、離れがたい。
「ここが、いいんだろう?」
「ん…ン、」
ハルの長い指が二本、イトの中を、ぐちゅ、と掻き回す。
イトは白いシーツにすがるように、桜色の爪を喰い込ませた。皺が寄り、くぐもった声が漏れる。それは苦痛にも、甘美にも捉えられた。
感じているのは恐らく、両方。
「指を増やすよ。」
もう一本指を添えて、ゆっくりと後口を割って挿入していく。すでに柔らかく解れた柔肌がハルの指を締め上げた。ただ熱くて、爛れるようだった。もう幾度目かなどと数えるのはとうに止めた。イトの体内にはハルの残滓が残り、時折、とろりと指と肌の隙間から零れた。
「―…っく…!」
突如、イトがしゃくり上げた。見ると目の際に涙が滲んでいる。ぎゅっと固く瞑った目蓋から、つ、と頬を伝い枕に滲みこんでいった。
「辛い?もうやめる?」
「いやあ…ぁっ!」
意図が首を横に振るの確認する。
ハルは指を引き抜いて、自らの高ぶった性器を押し付けて、そして。
ゆっくりと指なんかでは比にならない物量で、イトを貫いていった。
「ひ、う…ああぁあ!!」
びくびくとイトの身体が跳ね、腰が撓った。その腰を鷲掴んで、ハルは腰を打ちつける。肌と肌がぶつかって、汗が散った。
「…いっ…。は、あ。」
「…っ!」
徐々に抽出行動は激しさを増し、どちらかともなく絶頂を迎える。イトは自身の腹とハルの腹に、ハルはイトの中に性をぶちまけた。
乱れた呼吸だけが残り、イトはハルに背を向けた。その背中の羽は震えていた。ハルはイトの羽に口付けた。自らにはすでにない部位に、愛を注いだ。
了
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