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最終話 毎日がいちばん幸せな日

昔話ってさ。愛しあうふたりが、芝刈りと洗濯って役割分担するよね? でも、イヌと俺はちがうんだ。今日は山、今日は川って、ふたりでいつも同じ場所に行くんだ。 「おお。イヌー、ももたろうー。おはようさーん」 「おっさん、おはよう!」 「おはようございます、おじさん!」 よく晴れた朝。 道を歩いている俺とイヌは、畑を耕している近所のおじさんに挨拶した。 夫婦になった俺たちは、昔からイヌが過ごしていた山で暮らしている。もともとイヌがひとりで住んでいた家で、生活している。ふたりで住むには、ちょっと狭い。 でもちいさな家だから、理由もなく、イヌにくっついていられるんだ。 俺が抱きつくと、イヌは俺を抱き上げてくれる。 イヌは俺を抱っこするときに障子を閉めるんだ。あるとき「どうして閉めるの?」と聞いたら、「抱っこされてるももたろうを、誰にも見せたくない」って、イヌは笑ったんだ。 「ははは、イヌは今日も嫁さんといっしょかあ」 「おう!」 「かわいい嫁さんをもらったなあ、イヌは」 「へへへ! 自慢の嫁さんだ!!」 今日はふたりで、川へ洗濯に行く日だ。 俺は二枚の洗濯板を持っている。イヌが抱えている桶には、ためこんだ洗濯物が入っている。 「なあ、ももたろう。昨日、じいさんから(ふみ)が届いてたんだよな?」 「うん。『夫婦の契りから、十月十日(とつきとおか)が経った。そろそろ伝説のはじまりじゃ』だって」 「それだけかよ!?」 川に着いた。イヌのケモ耳がぶるっと震えた。 「この匂いは!?」 イヌが桶を置いて、川上へ走った。 「待ってよ、イヌ!」 洗濯板を置いて、俺はイヌを追いかけた。 「ももたろう、見ろ!」 イヌが指差す先には……。 「え、桃……?」 大きな桃が、上流から流れてきたのだ。 「よっと」 イヌが川に入り、桃を捕まえた。両手で桃を抱えて、川からあがってくる。 俺は、すべすべとした桃を撫でた。 「まさか、おじいさんが言ってた伝説って……」 「桃尻伝説かよ……」 家に戻ると、イヌが包丁を持って言った。 「なあ、ももたろう。この桃ってうまく切らないと、中身がさ……」 「え、怖いこと言わないで!」 「よし。まずは切れ目を入れて……と……ぐはああぁっ!?」 「イヌ!?」 イヌが桃に切れ目を入れた瞬間。 ぱかっと桃が割れて、なにかが飛び出した。 驚いてのけぞったイヌの顔を踏んづけて、それは着地する。 「はじめまして、とうちゃん、かあちゃん!」 なかから出てきたのは、裸の童だった。 「イヌ! この童、頭にケモ耳が生えてる!?」 「当たり前だよ、かあちゃん。おいら、とうちゃんのこどもだもん」 「へええぇぇ、俺の子!?」 イヌは腰を抜かしたらしく、まだ尻餅をついている。そのイヌの頭を童は、ぺしぺしと何度も叩いた。 「そうだよ。おいらは、深掘りとうちゃんと桃尻かあちゃんのかわいいこどもだよ!」 「おい。名前を間違えてるぞ!」 「でもさあ、かあちゃんをいっぱい深掘りしてんだろ? 毎日毎日さ……へへへ」 「う!? ……ま、まあな」 「なら、深掘りとうちゃんだね!!」 「このおおおぉぉぉ!!」 イヌは包丁を置くと、童を抱き上げた。 「生まれた瞬間からいろいろ言いやがって……おまえには、やらなきゃいけないものがあるな」 「なんだ、げんこつか!? げんこつか!?」 童は涙目になって、頭を押さえている。 「イヌ、大人気ないよ!」 「そうだ、かあちゃんの言うとおりだ!」 「げんこつなんかするわけねぇだろ! こんなにかわいいのによぉ!」 イヌは童にほおずりした。 「おまえに名前をやるんだよ。イヌとももたろうのこどもだから、おまえは、いぬたろうだ!」 「お、かっこいい名前だな!」 童……いぬたろうは、イヌに抱きついた。いぬたろうの頭を、イヌは笑顔で撫でた。 いぬたろうを抱いたまま、イヌが俺に声をかける。 「ももたろう。おまえといると、毎日がいちばん幸せな日だ!」 「うん、俺もそうだよ!」 俺は、イヌといぬたろうをやさしく抱きしめた。 俺の……俺のたいせつな家族が、またひとり増えたんだ! 「とうちゃん! かあちゃん! おいらも、今日がいちばん幸せだ!」 「いぬたろう。俺たちといると、もっと幸せなことが起きるよ」 「ほんとう!? わーい、おいら楽しみ!!」 それから俺たち仲良し家族は、末永く幸せに過ごしましたとさ……って、言わなくてもわかるよね? めでたし、めでたし。

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