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――セイは今頃……。
あの部屋で、何を思っているのだろうか? どうしても離れていかない彼の姿を消そうとして、貴司が軽く頭を振ると車は角を左折した。
「あっ」
「どうした?」
突然出た貴司の声に、前を向いたまま歩樹が声をかけてくる。
「いえ、何でもないです」
「そうか。疲れてるだろ? 寝てて良いから」
「はい、ありがとうございます」
言われたように瞼を閉じると、今度は車が右へと曲がった。貴司の記憶に間違いなければ、この道は……聖一と初めて出会ったあの公園へと続くはずで、見たいような、怖いような、相反する二つの思いに心の中が揺れ動く。
――見ちゃ駄目だ。
聖一は、そこにいないと分かっていても、色濃い記憶にきっと自分はこらえられなくなってしまう。だから、掌をギュッと握りしめ、瞼を開くこともしないで、公園の横を通り過ぎるまで貴司は息をつめていた。
――時間が経てば……きっと、全部忘れられる。
悪夢のような毎日も、聖一への想いも全て。
――普通に、戻るんだ。
心の迷いを断ち切るように貴司は自分へと言い聞かせるが、重く淀んだ気持ちは少しも上向いてはくれなかった。
この時、視界を断ってしまった貴司は、通り過ぎた公園の中で、微かにブランコが揺れていたことを知らない。
そこへと座った聖一の瞳が、さらに深い闇をたたえ、虚空を見つめていたことも。
【下巻へ続く】
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