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『で……本城さんは、それで良いのか?』
佑樹から手渡された携帯電話の向こうから、一度しか会ったことのない恩人の声が聞こえてくる。大方の説明は歩樹と佑樹がしてくれて、あとは貴司が自分の意志を伝えればいいと言われていた。
「はい。色々とありがとうございました。お友達まで巻き込んじゃって、本当にごめんなさい」
『いや、こっちこそ、この前は酷くしてすまなかった。計画したのは俺だが、織間や小此木はヒナの友達だ。礼ならヒナに言ってくれ』
「あのっ、良かったら彼に……」
代わって欲しいと貴司が告げると、ちょっと待つよう浩也に言われ、暫しの後、向こう側から『もしもし』と、控え目な声が聞こえてくる。
「本当に、ごめんなさい。あんな……それなのに、助けてくれて、ありがとう。君さえ嫌じゃなかったら、ちゃんと会って、謝りたいって思ってる」
指が奮えて言葉も上手く紡げない。それでも何とか謝罪すると、言っていることは伝わったのか『気にしないで』と優しい声音が貴司の鼓膜をそっと揺らした。
「そんな訳には……」
『僕はもう大丈夫ですから。それより……あなたが無事で良かった』
「どうして、俺のことなんか」
あの事件で、一番傷ついたのは彼のはずだ。それなのに、どうしてこんなに優しい言葉を掛けられるのかが判らない。
『僕には、あなたが悪い人には見えなかった。それだけなんです。本城さんとのことは、浩也くんしか知らないから、気にしないで、今は自分を大事にしてください。あの時、僕とあなたは、きっと、同じ立場だったから』
「……ごめん……迷惑でも、いつか必ず謝りに行くから……ありがとう」
電話越しにも、懸命に話す彼の様子が伝わってきて、それに応える貴司の言葉は、涙腺の緩みと共に少し震えた物となった。
落ち着いたら、浩也と一緒に遊びに行くと言われたから、頷きながら返事をすると、横合いから伸びてきた手に電話をヒョイと奪われる。
「あ……」
「そんな訳で、俺が一旦預かるから、佑樹と一緒に遊びにおいで……うん、伝えとく。北井君にも宜しくって伝えておいて……じゃあ」
見上げた先で電話を切った歩樹が頭を撫でてきて、「平気か?」と尋ねてくるから、涙を堪えた貴司は必死に笑みを作って彼へと見せた。
それからは、夜になるまでそこにいて、歩樹の車で家を出る時も、見つかってはいけないからとスモーク貼りの後部座席へと乗せられた。
――懐かしい。
走り出した車の中から外の景色を見ていると、良く知っている光景に、切ない気持ちが込み上げる。佑樹の部屋で交わした会話で、ここは貴司が大学時代を過ごした街だと知らされた。
聖一に囚われた時から、そうじゃないかと思っていたから驚きはしなかったけれど、風景を眺めていると、感慨にも似たそんな気持ちが湧いてくる。
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