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 ――まずいな。  俯く貴司の姿を見て、結論を焦るばかりに彼を傷つけたことに歩樹は気づいた。 「すまない、言い方がまずかった。君が寝てる間、ずっと考えてたからつい、まくし立てるような言い方になってしまった」 「いえ、俺は大丈夫です」 「大丈夫なんかじゃないと俺は思うけど」 「それは……」  図星を突かれたからなのか、貴司の体が硬直する。長い期間の監禁から解放されたのにも関わらず、誰かに連絡したいと言わない貴司の様子を見ているうちに、もしかしたら、帰る家がないのではないかと思い至った。それは、想像でしかなかったが、確信へと変わった今、高校生の弟達に委ねてなどおけなくなる。 「君は、長い間太陽を見てないし、足もかなり弱ってる。本来なら入院して検査を受けたほうがいい状態だ。これから、少しずつ外に慣らさないといけないだろう」  何より、精神的な面が一番心配だが、敢えてそれは口に出さずに歩樹は更に言葉を紡ぐ。 「一応俺は医師だから、助けておいて、こんな状態で放り出すなんてできない」 「……お医者さん?」 「そうだ。今の君をこのまま一人にはできない。体調が落ち着くまで入院するか、俺の所に来るか……何にせよ、ここは危険だ。北井君の家は、君がいたのと同じマンションだし」 「あっ……あの、北井くんは? 俺、謝らないと」  これまでは、目の前のことで精一杯だったのだろう。浩也の名前が出た途端、ハッとしたように顔を上げた貴司が歩樹に尋ねてくる。 「彼は、君を閉じ込めてた奴に疑われるかもしれないから、当面は接触しないと言ってたらしい。そうだな? 佑樹」 「うん、落ち着いたら今後のことを相談するって……兄さん、今の本気?」 「ああ、乗り掛かった船だ。決めるのは本城君だが」  警察には届けたくないと言っていたと聞いている。ならば、入院して体の痕を見られたくもないだろう。 「兄さん、いいの?」 「大丈夫だ。お前が心配するようなことは一切ない」  曖昧な彼の問い掛けに、はっきり答えを返してやると、納得いかないようではあるが、「分かったよ」と佑樹は言った。  見た目とは裏腹に、素行があまり良くないことを知っている弟は、貴司を案じているのだろうけど、実際のところ歩樹はそれほど鬼ではない。儚げで、憔悴しきった貴司のことを、本心から助けたいと思ったのだ。 「で、どうする?」  考える隙を与えぬよう、歩樹は貴司に声をかける。他に道はないと思って貰うことが、今は何より大切だ。  そこから、逡巡する貴司を諭し、少しの間歩樹の家で過ごすことに決まるまでには、そう時間は掛からなかった。 「ご迷惑をお掛けしてすみません。家賃とかは、ちゃんと払います」 「気にしなくていいよ。どうせ気楽な独り身だし、仕事で家は空けがちだから、自由にしていてくれればいい。まあ、当分外は無理だろうけど」  丁寧に頭を下げる貴司へと向かい、笑顔でそう答えたところで、玄関のドアが開く音が歩樹の耳へと入ってくる。 「丁度良いタイミングだな。話もまとまったことだし、とりあえず食べて、落ち着いたら出発しよう」  急だが明日は仕事があると伝えれば、つられたように頷いた彼は、「本当に……すみません」と、再び謝罪を口にした。

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