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第1話

「お前がハンドボールをやっているとこ、見に行こうかな……」 突然の彼の発言に、それまでゆっくり動いていた俺の心臓が激しく跳ねた。どうしてまたいきなりそんなことを、と不思議に思えば、どうやら今日は彼の部活が顧問の都合でなくなって暇になったらしい。そうは言っても、せっかく放課後に時間ができたのだから早く帰って自分のことをすればいいのに、何が楽しくて俺の部活を見に来るつもりなのか。 「何も楽しいことはないぞ……。他校と練習試合をするならまだしも、今日はただの練習をするだけだから」 ホームルームが終わり、騒がしい放課後。この心音が伝わってしまうかもしれないと心配をすることなくそう言って、教科書を鞄に突っ込みながら横目で彼を見れば「お前の部活を見て放課後を過ごして、終わったら久しぶりに一緒に帰りたいなぁって思ったんだよ」と頬を緩めた。 「俺の部活の方がいつも遅く終わって、それでお前は終わるのを待ってはくれないから、ずっと一緒に帰っていないし、このチャンスを逃すわけにはいくまい」 嬉しそうな表情を見せる彼の細められた目が、男にしては長めのまつげを強調させる。ふせられたその目は窓から差し込んでくる光に照らされ、色っぽさが増したように思えた。 「……そんなに一緒に帰りたかったのか」 目線を逸らし、頭をかいた。俺だって本当は一緒に帰りたいし、もっとお前と話をしたいってそう思っているよ。けれど、共有する時間が増えるのに比例して自分の気持ちが膨らんでいくのが怖いんだ。 いつだったかなぁ。想いを伝えることは、友人としての関係を壊すことになるかもしれない恐怖も同時に抱えているんだ、と言った誰かに、それは告白される方も同じだろうよってぼそりと返した彼の言葉が頭から離れずにいる。俺が気持ちを伝えることで、もしかしたら俺も、彼も、友人を無くすことになってしまうかもしれないのだ。 だからこの想いは伝えない。俺と、彼のために。今の心地良い友人関係を続けて行くために。 そうなるとやはり、俺がうっかり気持ちを伝えてしまわないような、そんな距離感を保つべきだろう。 「何も知らないで勝手な野郎だな」 「え? 何のこと? 見に行ったらダメなの?」 「そこじゃあないし、来るなって言ってもお前は来るだろう」 「うん。勝手に行く」 「はぁ……」 荷物をまとめ終え、鞄を肩に掛けた。座って俺を待っていた彼も立ち上がり、隣に並ぶ。一瞬当たった肩にびくりとして、彼から半歩分離れて歩いた。 「部活の時に、キャーキャー言ってお前の応援をしてもいい?」 そんな俺を気にすることなく、彼は冗談を言う余裕さを見せる。 「やめろ、大人しく見とけバカ」 「三谷く~ん! 頑張ってぇ~!」 体をくねくねさせて高めの声を出した。それが女子のマネだとしたら相当失礼だと気づいていないのか。 「……神田、いい加減にしろ。一緒に帰ってやらないからな」 「ごめんってば~」 俺も本気では怒っていないと分かっているからだろう。彼は真面目に謝ることはなく、まだ高い声のままそう言った。俺はわざとため息をついてみせ、彼の歩幅よりも大きく歩き距離をあけた。 「……本当、勝手だよなぁ」 「ん? 何か言った?」 「何も言ってない」 「……ってぇ!」 俺はすぐに追い付いてきて肩に手を回してきた彼の腹に肘を入れると、痛いと立ち止まった彼を振り返って見ることもなく、置きざりにして部室へと急いだ。

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