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第3話
友人として過ごすのなら、いずれこういう話題にもなるだろうと思っていたものの、まさかこのタイミングでこの話を振られるとは。今は勉強と部活に集中したいから、と言って逃げられるほど勉強はできないし、部活でも成績を残しているわけではない。好きなのはお前だとも言えないし、下手に嘘はつけないから「そういう気持ちはまだよく分からない」と誤魔化した。
「中学の時は? 誰とも付き合ってなかったの?」
「……付き合ってないよ」
「そっか。俺と一緒だな。俺も中学で誰とも付き合ってないし、高校でも……」
その先を言わない彼に、嫌な予感がして膝の上で手を握りしめた。高校でも、何? 彼女はいないけれど、気になる子はいるって、そういう話? 急に怖くなってさり気なく少しだけ彼との間に距離を取った。それなのに、同じ方向を向いて座っていたはずの彼が、ぐるりと向きを変え、俺の方へと体を向けた。そうなるともう、距離を取ったところで常にこちら側を見られているわけで逃げようがない。
「……キスとか、も、したことない、よ、な?」
「……は?」
「小さい頃に近所のお姉さんと、とかそういう過去もない?」
「そんな漫画みたいな展開、そうそうないだろ」
「だよね」
じりじりと距離を詰められる。両手を前について彼は身を乗り出すようにして俺の目を見つめた。
「初キスは、俺とどうかな……」
「は……?」
何をバカなことを言っているのかと、冗談にも程があるだろと、言い返そうと思ったけれど、何も言えなかった。彼のことならそれなりには分かるのだ。これは冗談なんかで言っていないと。表情を見ればすぐに分かる。
──じゃあ何? どうしてこんなことを言うんだ?
「……なぁ、三谷」
夕日が俺らを照らし、いつもキラキラして見えている彼がさらに輝いて見えた。吸い込まれそうな瞳から視線が逸らせず、黙ったまま彼を見つめ返す。
「神田……、やっぱり勝手すぎるよ」
「うん、」
膝で丸めていた手を、後ろに伸ばした。力が入ってどうしたって指を曲げてしまうから、それを見られたくなくて。けれど、そうしても指先には力が入る。ギリリとコンクリートを爪で引っかいてしまった。
足は広げたまま固まったみたいに動かない。そういう状況で誤魔化そうとしても無駄だろうけれど、動揺していないかのように必死に装った。
「人に、見られたら困る」
「大丈夫。グラウンドから離れているし、お前の足を心配してこっちを見る人はいないと思う」
「……失礼なことを言うな」
彼のこの言動の理由を考えた時に、一つ浮かんだ期待がこびりついたように頭から離れなくて、キスをしないかという彼の提案を拒めない。彼からやっぱりやめようと言うまで時間を稼ごうと、拒めないけれどキスをしてもいいと言わず、答えを濁したままさっきの質問には答えないでいた。
「なぁ、三谷」
「……んだよ」
「……キス、してもいい?」
二度目の質問。彼の声が震えているのが分かった。……本気なのは伝わった。だけど、後悔しない? 俺とキスしたことを、なかったことにしたいとは思わない?
「神田、」
「ん?」
「した後、ちゃんと理由を教えてくれる?偽りなく、俺に言ってくれるか?」
「……うん」
そう言った彼に、こくりと頷いていいよと伝えた。一瞬安堵した表情を見せたものの、すぐに真剣な顔に戻って、そっと目を閉じた。
本当にキスされるんだ。
……って、俺の期待通りで良いのなら、理由を先に言うべきなんじゃあないか?
「本当、勝手な奴だよ……」
彼と同じように俺もそっと目を閉じる。
次に目が合うときには、俺たちの関係はどう変わっているのだろうか。
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