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第23話(了)
島民を痛めつけ、突然求婚してきた謎の少年……桃太郎へは、怒りと嫌悪しかありませんでした。
その筈だったのに……鬼の頭領は今、桃太郎を抱き締めております。
島民から桃太郎の話を聴いて、あまりにも不器用な様子に……胸がくすぐられました。微笑ましく感じ、笑いだしてしまうほどです。
自分以外の誰かに桃太郎を穢されると思った瞬間、頭領は憤りを感じました。理性なんかは全く働かず、衝動のままに男を蹴り飛ばすほどです。
その感情に名前を付けるのは、今の頭領では無理でしょう。言葉で表すには、あまりにも複雑すぎます。
硬直していた桃太郎が、身じろぎました。
「頭領さん、いけません。濡れてしまいます」
「俺がこうしたいから、こうしてるんだ。文句あんのか」
「文句だなんて、とんでもありません」
せめて雫を飛ばさないようにという配慮なのか、桃太郎はもう一度制止します。そんな馬鹿正直な姿にも、頭領はむず痒い気持ちになりました。
冷えた耳朶に唇を寄せ、頭領が低く囁きます。
「さっき……どこまで、されたんだ?」
「ど、こまで……とは」
「例えば……口吸い、とか」
蠱惑的な囁きに、桃太郎の肩が跳ねました。
「さ、れて、おりません」
返答に、頭領は安堵します。どうして安堵したのかまでは分かりませんが、一先ず頭領は胸を撫で下ろしました。
しかし……最後に桃太郎へ触れたのが他の男だと思うと、落ち着きません。衝動のままに……頭領は小柄な体を、畳に押し倒します。袖を通しただけで前を閉めていない羽織からは、桃太郎の肌が晒されていました。
冷えた体に、指を這わせます。
「よく、暴力を振るわなかったな。褒めてやる」
「……ほ、め…………?」
「あぁ。……褒美だ。何か、望みはあるか?」
いつか必ず、この手で殺してみせる。その機会を窺う為に受け入れた結婚生活でした。
――けれど、今は……手を下す気になれません。
頭領は桃太郎の頬を撫で、訊ねます。桃太郎は当惑したような表情を浮かべて、逡巡し……蚊の鳴くような声で、呟きました。
「…………貴方の、笑顔が……見たい、です」
それはあまりにもささやかで、小さな願いです。それなのに……そんな願いを伝える桃太郎は、必死でした。
その姿が何だか滑稽で、頭領は思わず――笑みを零します。
「ふ、ははっ。何だよ、それ」
「……っ、と、うりょ――」
「なぁ、桃太郎」
驚きで、桃太郎の大きな瞳が見開かれましたが……頭領は気にしません。
鼻先を擦りつけ、微笑みを浮かべたまま……今度は別の問い掛けをします。
「まだ……添い遂げるつもりはあるか?」
桃太郎は何も言葉を紡ぎません。
――ただ一度、頷いただけです。
自分のそばから離れず、素直に言うことを聴く桃太郎を……急いで殺す必要なんてないのだと、頭領は自身に言い聞かせます。
「そうか」
犬のように従順で、猿のように獰猛で、雉のように美しい桃太郎との新婚生活を、もう少しだけ続けてみてもいいのではないか。
頭の片隅でそんなことを思いながら、頭領は桃太郎の唇に、自身の唇を重ねましたとさ。
――めでたしめでたし。
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