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アダルトなアルバイト
原田佳那汰、二十歳。
俺は今、人生でまあぼちぼち重大かもしれない決心をしていた。
高校のとき実母もののAVを兄と妹に見付けられ家族会議になりあまりの恥ずかしさに耐えきれなくなって家を飛び出し早数年。今の今まで俺は数少ない親友である中谷翔太に養われ生きてきた。つまりヒモだ。
生活費食事代電気代家賃娯楽その他もろもろ、親友に多大な借金を作ってしまった俺は今さらながら後悔し、働こうと決意をしたわけだ。
翔太は『そんなに気にしなくてもカナちゃん一人くらい一生面倒見てあげるよ』とヘラヘラ笑っていたが流石にこのままじゃ申し訳ない。
確かにあいつんち無駄に金持ちだし俺一人くらいまじで養ってくれそうだが、そういう問題ではないのだ。
現在大学生をやって毎日アニメだコスプレだサークルだオフ会だと騒いで青春しまくっている翔太がバイトを始めた。
駅前のなかなか人気のある本屋さんだ。
『新作チェック出来るし雑誌ただ読み出来るからいいんだよね~』だとか店員らしからぬことをぬかしていた翔太だが、正直俺はショックを受けた。
あの責任感皆無で協調性に欠けた三次元より二次元な翔太が生身の人間相手にバイトだと…?と今までの恩義を忘れ突っ込みたくなるくらいは。
あいつがバイト決まって俺がバイト決まらないのはおかしい。
というわけで自分でも出来そうなバイトを血眼になって探しまくっていただったがとある裏系求人サイトで近場のバイトを見付けた。
なかなかの高給に好条件。
働きたいは働きたいがどうせなら稼ぎがいい方がいいと思っていた俺には喉から手が出そうなもので。
早速掲載された連絡先に電話し面接の申し出を出した俺は身形を整え、外へと繰り出した。
しかし、そのバイトというのは……
【アダルトなアルバイト】
駅前の通りから人気のない路地裏に入ったところにある寂れたビルの横に設置された目立たない階段。
地下へと続くその階段を降りていけば店に着く、というのが例の求人サイトに記載していた情報だった。
地下へと続く狭い通路の中、明かりはというと足元を照らす薄暗い間接照明のみで段差に足を取られないよう気をつけているとあっという間に行き止まりになってしまう。
可笑しいな。
なんて思いながら壁をよく見ればそこには『OPEN』と書かれた看板がかかっていて、その側にはドアノブも取り付けられている。
どうやら壁と思っていたそれは扉だった。
やけにこう、ややこしいつくりをしている。
しかしその周りくどさというか隠された造りが未知への空間へ足を踏み入れるという緊張感や興奮を高めてくれる。のかもしれない。
ゴクリと固唾を飲み、はドアノブに手をかけ、そのまま扉を押す。
ゆっくりと開く扉。その隙間から漏れる店内の明かり、その眩しさに思わず目を細めた。
「うおお…!」
そして、アホみたいな感嘆が漏れた。
黒とショッキングピンクの市松模様の床にコンクリートが剥き出しになったような天井。
広い空間に余裕を持って並べられた商品棚にはライトな雑貨から際どい商品まで用途別に揃えてあり、その店内はカップルや中年の男、まだ若いであろう女性までと様々な客層で賑わっている。
そこだけ見ればまだただの雑貨屋だが、店頭に並ぶものはどれも目を覆い隠したくなるような肌色率に隠語の荒らし、中には洒落たパッケージもあるがその中に入ってるのはどれもこれもAVくらいでしか見ないものばかりだ。
アダルトショップ『intense』
それが今回俺が面接を受ける予定の店の名前だった。
「いらっしゃいませ」
それにしても目に優しくない店だな、なんて思いながら店内をきょろきょろ見渡しているとレジにいた店員が声をかけてくる。
何気なくそちらに目を向け、どきりとした。
肩に垂らしたような長め黒い髪に赤いエクステを疎らに散りばめさせたその青年はこれまたなかなかの美青年で、しかもでかい。
シンプルなエプロンの右胸には『笹山』と書かれたネームプレート。
い、イケメンだ、と怯えるのもつかの間、笹山は俺と目が合うとにこりと柔らかく微笑んだ。
い、いい人そうだ…。内心ほっと胸を撫でおろし、俺は笹山に声をかけることにした。
「あの、さっき電話で面接お願いした者なんですが…」
そう、レジに近付き恐る恐る笹山に尋ねたときだった。
「面接っ?!」
俺の口から出た言葉に驚いたように目を見開く笹山に思わず「えっ」と戸惑う俺。めっちゃびびった。
あまりの豹変ぶりになにか変なこといってしまったのだろうかと怯えれば、はっとした笹山は慌ててごほんと咳払いをし、そして気を取り直すように笑みを浮かべた。
「あ、す…すみません。バイト面接の方ですね。こちらへどうぞ」
そう、笹山はカウンター奥に設置された関係者以外立ち入り禁止と書かれたプレートがぶら下がった扉を開き、俺を招き入れてくれる。
スタッフ用の通路に入り、通された部屋は応接室のようだった。
派手な店内とは違いなかなかまともな応接室の中。
そこには簡素なテーブルと簡易椅子が並ぶくらいで人影はない。
「すみません、ここで待ってて下さい。すぐに担当者を呼んできますので」
「あ、は……はい……」
ペコペコとお互いに頭を下げ、そして笹山は慌てて応接室を飛び出した。
それにしても、思ったよりも普通だな。
棚に陳列された商品見たときが緊張のピークだった。あと割と可愛い女の子のお客さん多かったな……。
思い出してじわじわ来始めたときだった。
バァン!!と勢いよく開かれる扉に飛び上がりそうになる。
そして、そこから現れたのは……。
「ほう、貴様が面接したいと言っていた輩か。なかなか可愛い顔をしている」
癖のないストレートな艶やかな黒髪、白い肌、すらりと伸びた長い手足。
こちらを見下げるその目を縁取る長い睫毛が揺れる。
一瞬女性にも見えるその中性的な男だが、薄く整ったその唇から漏れる声の低さに驚いた。
シワ一つない高級スーツを身に着けたその高圧的な男にどこぞのホストが飛び込んできたかと思いきや、どうやらこの男が店長なのだろう。その言葉からして。残念ながら。
「あ、どうも……これ」
出会い頭早々幸先が不安になる。
どんだけ上から目線なんだ、こいつは。と言いたくなるのを堪え、俺は鞄に入れていた履歴書を取り出した。
そしてそれを店長なる睫毛男に手渡せば数秒、ざっとそれに目を通した店長は事務机の上に置く。
「原田か。まあいい。さっさと面接を始めようか」
言いながらテーブルを挟んで向かい側、安っぽいパイプ椅子に腰を下ろし、ふんぞり返ってその長い足を組むのだ。
な、なんだこいつ……。今まであった誰よりも偉そうだぞ、店長なので偉いのだろうが、なんなんだ。
渋々椅子に腰を下ろせば、睫毛もとい店長はスーツからなにか取り出した。
「おい原田佳那汰、これを見てどう思う」
そしてごろんと目の前、机の上に転がされるそれに俺は思考停止する。
机の上には男性器もといちんこを象った肌色の玩具が置かれていた。
AVではよく見かけるあれだ、ディルドだ。
シリコン製のそれにバイブ機能があればバイブになるのだが、どうやらそれはただのディルドのようだ。
手に取ってみれば思いの外質量がリアルだ……太さや長さ、頭のデカさまで様々利用者の好みに合わせて多種多様に出てることは知っていたが、こうして実物を目の当たりにしたのは初めてだった。
自慢ではないが、産まれてこの方妹以外の女とまともに触れ合うどころか接したことない俺だがAVやエロ漫画で身に付けた性知識は伊達ではない。あてもならないが。
いや、違う、今はそんなことはどうでもいい。
問題はどうどうとセクハラをしてくる目の前の変態野郎だ。
「どうって、どうから見てもちんこじゃ……」
「そんなこと言われなくともわかる。猿でもな。俺はこれをどう思うかを聞いたんだ」
「ど、どうって……言われても………………ご立派ですね……?」
もごもごと口ごもる俺に、店長は「言い方を変えるか」と目を伏せる。
「そうだな……これを客に勧めるとき原田、お前はなんと言って勧める?」
「え?す、勧めるって、俺、使ったことないし……」
「触れろ、そしてその目で見るんだ。そして自分が使っているところをイメージしろ」
なるほど……と、納得し掛けて、「ん?!」となる。
いや待て、自分で使ってるところ……?!一瞬ケツの穴にぶっ刺してる図を浮かべてしまうが、普通に考えて女の子相手に、ということなのだろう。危ない危ない。この店長のせいで俺も混乱してるらしい。
ディルドの先端をぶにぶにと摘みつつ、使っている妄想をしてみる。
アナルなんて弄ったことのない俺からしてみたらこのディルドがどのくらいのものか想像つかないが、とにかく褒めてみればいいのだろう。
彼女に……という設定で想像してみるが、だめだ、そもそも彼女いない俺には難易度が高すぎた。
仕方ないので自分が女になったという設定でこのディルドを突っ込まれる妄想をする。
太さは平均より少し大きめだがカリは大きく体長もある。
そしてリアルなフォルムには造物独特の無数のイボ。
触り心地も触れた感じ柔らかいようで、芯は硬い。
いきなりこれを入れようとしたらカリが引っ掛かって痛そうだが、ある程度慣らしている人間ならそれが気持ちよく感じるかもしれない。
脳内で自分を押さえ付け、太股を鷲掴んで無理矢理開脚させる。
下着を脱がし露出した肛門に先端を宛がうがまともに異物を受け付けたことのない排出器官はそれを受け入れようとせず締まったままで俺はそのまま強引にディルドを捩じ込……ちょっとまじで興奮してきたから自重しておく。これ以上は洒落にならない。男として。
俺はそっと持っていたディルドを机の上に置く。
「えっと、その、……長いです」
「それから?」
え?それから?
一個じゃないのかよ、と今さら恥ずかしくなる俺はもじもじしながら店長から目を逸らした。
「……っと、なんかそのイボイボでグリグリされたら、その、き……気持ちいい……のかも……」
「それでそれで?」
まだやれというのか。
じわじわ顔が赤くなる。俯く俺に、店長はニヒルな笑みを浮かべた。
「なんなら舐めてもいいぞ。安心しろ、新品だ」
と笑う店長は言いながらディルドの亀頭を俺の頬にぐにぐに押し付けてくる。硬めの、ゴムの感触。しかしゴム独特の臭いはない。
押し付けられるそれにまじでちんこでつつかれてるみたいでぞわぞわした。
慌てて店長の手からそれを奪いとれば、「そうがっつくな」と笑う店長。ちげーわ。
根本から切り落とされたような形のそれを観察してみる。
ご丁寧に玉袋まで造られたそれの底には吸盤が付いており、取り外しが出来るようになっていた。
風呂場とかタイルの壁にくっ付けるためだろう。
よく考えてるな、なんて思いながら俺はそのフォルムを指でなぞる。
かなり奇異な造形をしたディルドだがそのイボイボは触り心地がいい。むにむにと両手で全体を揉んでると、店長がじーっと見てることに気付き、慌てて机に置いた。
「……あの、壁につけれるので好きな位置に設置し一人でも楽しむことができると思います」
そしてそう感じたことを素直に答えれば店長は満足そうに頷き、そして薄く笑んだ。
「因みにお前はオナニーでディルドを使ったことあるのか」
こいつ、開き直ってセクハラしてきやがった……!
「あ、あ、あ、あるわけないじゃないですか!!」
「指でアナル弄ったりもか」
「な……っななな、つか、なんすかほんと……っ!というか面接関係ないじゃないですか、こんな質問……」
「質問に答えろ。イエスか、ノーか。二択で答えれるはずだろう」
「……っ……」
なんでだろうか。
たくさん言いたいことはあったのに、笑みが消えた店長に見据えられると頭の中が真っ白になるのだ。
恥じらいもクソもない、寧ろ恥じらってる俺がおかしいみたいなあまりにも堂々とした目の前のセクハラ野郎にじわじわと熱が込み上げてくる。
「あ、ぁ……あるわけ……ないじゃないですか……っ」
緊張で声が震える。耳の先まで熱い。
なんでこんなこと言わなければならないんだと殴りかかりたいところだが、こんなセクハラ染みた質問でも一応面接の一環かもしれないし落ちるまでは下手な真似をしたくなかった。そう、全ては金だ。金のためだ。そう自分に言い聞かせ、平穏を保つ。
けれど。
「なるほど、貴様……処女か」
「……っ、な……………………」
文字通り、言葉を失う。
この男、サラッと言いやがった。というか。
「ふ、普通です!」
なんなんだこいつは、日本人男性の八割くらいは処女に決まってんだろうが。
っていうかなんだよ処女って。女じゃねーっつーの!
「なにを照れている?まるで生娘みたいな反応だな」
「き、きき、きむす……」
「童貞処女のくせに意味はわかるのか。さしずめAVやエロ漫画、もしくは官能小説で知識だけは植え付けられた真性童貞のオナニー野郎といったところか」
「っ、こ、この……」
全部図星なだけに言い返せない。訴えてやる、と立ち上がろうとした矢先伸びてきた手に手首を掴まれる。
見た目よりも大きく、がっしりとした男の手の感触にぎょっとした。
そして、並んでわかる。頭一個分高い位置にある男は態度だけではなく、身長もでかい。
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