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03
一人嘔吐祭り開催してしまい、別室へと連行された俺は座敷の上に寝かされていた。大丈夫ですと何度も言ったのだが呂律が回らず、結局また気持ち悪くなっても行けないと大人しくしていた俺だったが、少し横になると大分楽になってきた。
気怠さ、喉の乾き、アルコールに浮かされた脳味噌。コンディションは最悪のはずなのに、一周回って酔いがいい感じになって気持ちよくなっていた。
そんな中、個室の襖が音も立てずに開かれた。
「……具合はどうですか?」
襖聞こえてきた声は、笹山のものだった。
そのまま襖を閉め、音を立てないように静かに歩み寄ってくる笹山に、俺は上半身を起こそうとして……失敗した。正しくは体が思い通りに動かず、起き上がりかけたもののそのまま再び倒れ込んだ。
「……だいじょうぶじゃない」
「……そのようですね」
そっと、俺の傍に膝をついて座り込む笹山は俺の顔に触れる。笹山の指先は冷たくて、ひんやりして気持ちいい。だから、触れられても嫌な気はしなかった。
「なぁ……他の皆は?」
「隣で飲み会続けてますよ」
「俺も……飲む……」
俺も、戻らなきゃ。部屋、ゲロ臭くしてごめんなさいって言わなきゃ……。つか、酒……まだ飲み足りねえし……せっかくの店長の奢りだから食わねえと……。
ぐわんぐわんと揺れる頭の中で色々考えは浮かぶもののまるでまとまらない。再度起き上がりチャレンジしてみれば、今度は笹山の方へと倒れ込んでしまう。笹山はそれを察知したのだろう、すぐに俺を受け止めてくれた。……流石笹山だ。つか、なんか笹山からいい匂いする……。
「原田さん、まだ戻っちゃダメですよ」
「……おれ、もう大丈夫だってば」
「そんな呂律で何言ってるんですか。……また飲むつもりでしょう?」
「う……だ、だって、そのための飲み会……だし……」
「原田さんは酒癖が悪いのでこれで我慢してください」
「これ……?」
酒か?と顔を上げた俺の目の前。翳されたグラスにはお冷が入ってる。酒かと思った俺が馬鹿だった。
「……いらね」
「駄目です。先程あんなに吐いたんです、水分補給しないと」
「……それなら、アルコール成分入ってる水の方がいい」
「原田さん……」
あ……やべ。笹山の声のトーンがワントーン落ちたのを俺は聞き逃さなかった。
流石に調子乗りすぎたか、と思った矢先、顎を持ち上げられる。
「さ、ささやま……?」
「あまり我儘言ってますと、無理矢理飲ませますよ」
……普段ニコニコしてる人の真顔ってなんでこんなに怖いんだろうか。耳元、囁かれる低い声に、はずれない視線に、心臓がドクンと跳ね上がる。
……飲み過ぎたからだろうか、なんか、変な感じがして胸の奥がざわざわする。いつもなら俺が適当に流して、それで笹山も「仕方ないですね」って許してくれる流れなのに、上手く頭が働かない。
なんだ、これ、なんだ。
「……むり、やり……?」
「……ええ、一人で飲めないと仰るのでしたら俺がその手伝いをしますよ」
するりと頬から顎のラインを撫でられ、体が震えた。
細められた目は据わってる。その個室の中には濃厚なアルコール酒が広がっていた。
笹山が酔ってる、というのはよくわかった。そして、多分……それは俺も例外ではない。
「……じゃあ、飲ませろ」
何を期待してるのか、自分でもわからない。けれど、「わかりました」と微笑むその目に、声に、体が鼓動は加速する。熱が全身へと広がっていくのが自分でもわかった。
笹山の行動に迷いや躊躇いはなかった。俺を尻目に、お冷の入ったグラスを口にしたやつはそれに口をつける。
笹山がいつもの笹山ではないとわかっていたしそれは予測できていたことだ。それでも、まさか顎ごと掴まれ、強引に唇を重ねられるとは思ってもいなかった。
「ん、ぅ……っ」
精々、赤ちゃんよろしく哺乳瓶バブバブプレイかと思いきや、抉じ開けられる唇の中へと流し込まれるぬるくなった水にびっくりして笹山の腕を掴む。
けれど、片方の腕に上半身を抱き上げられれば思うように動けなくて、口の中、舌から喉へと流れ込んでいくその水を拒むことはできなかった。
「っ、は、ぁ……んん……っ」
ゴクゴクと喉が鳴る。
正直、気持ちいい。水がひんやりしてて美味しいというのもあるが、多分、いい感じに酔いが回ってるからこそこの異常事態を異常と思わずにいられるのだ。
「っ、ぅ……あ……」
「原田さん、溢れてますよ」
「待っ……んん……っ!」
受け止めきれず、唇の端から溢れた水の雫が首筋へと落ち服を濡らす。それを舐められ、体が震えた。
「水分補給なんですから、ちゃんと飲まないとだめですよ」
「……っ、ぁ……もっ、と……」
「もっとですか?……いいですよ」
冷たい水が欲しくておずおずと口を開く。これから来るそれを受け入れようとしたとき、笹山は俺の唇に自分の唇を押し付ける。水の感触ではなく、熱い唇に困惑するのも束の間、反論する暇もなく口の中を舌で犯される。
「っ、んん……っふ、ぅ゛……ッ!ぅ、んん……ッ!」
違う、これじゃあただのキスだ。
そう思うのに、言いたいのに。
畳の上、押し付けられるように手を押さえつけられ、執拗に唇を貪られるとそれだけで下半身がじんと熱くなってきて、段々何も考えられなくなってしまう。
「っ、ふ……ッ!ぅ、ん、んぅ……っ!」
ぬるぬるした舌で上顎撫でられるだけで脳髄の奥の奥が痺れ、頭の中が真っ白になる。
気持ちいい。つか、なんで俺キスされてんだっけ。わかんねえ。わかんねえけど、すげえ、コイツなんでこんなキス上手いわけ……?
「っ、ふ、ぅ……ん、ぅ……っ」
「っ、原田さん……」
「……っ、んん……っ、待っ……ん……ッ」
待てという言葉を口に出す暇もない。
口の中舐められて、舌を絡み取られ、むずむずしてきた下半身。やばいと思うのに、力が入らない。
唇が離れ、しばしぼんやりと笹山を見上げていた俺はハッとした。
「き……キス、違う……」
「……そうなんですか?」
優しく聞き返され、頷き返す。「本当に?」と、唇を指で撫でられ、ピクリと腰が揺れた。
「き、すじゃ……なくて……ぇ……」
「じゃあ原田さんは何をしてほしいんですか?」
「な、に……?」
なんだっけ……。わかんなくなってきた。
頭の中がふわふわして、笹山のいい匂いがして、暖かくて……もーわけわかんねえ。
「原田さん?」
「……今日の笹山は、意地悪ばっか言う」
「……そう、かもしれませんね」
耳たぶにキスをされ、優しく抱き締められる。顔が近いとか、長い前髪が当たって擽ったいとかそんなこと言ってる場合ではなかった。
「酔ってる貴方があまりにも可愛いので……つい」
「……酔ってない」
「そういうことにしておきましょうか」
するりと背中を撫でるように裾の下から入ってくる手の感触に体が震えた。腰から肩甲骨まで、優しく撫でられるだけで酒のせいで熱が回った体はこそばゆさに震える。
「ぁ、待っ……んんぅ」
当たり前のようにキスをされる。唇から頬、首筋から喉仏、鎖骨へと徐々に降りてくる唇の感触に上半身が震える。熱くて、甘くて、溶けそうだ。リップ音が恥ずかしくて、やめろ、とやんわりと押し返そうとするが力が入らずそのまま畳の上に倒れ込んでしまう。
そんな俺を押し倒すように、笹山は再度顔を埋めてくるのだ。
「っ、は、ぁ……っ」
「熱いですね、原田さんの体」
「ん……っ、ぉ、まえだって……んん……っ」
「だとしたら、原田さんのせいかもしれないですね」
「っ、ぅ、あ……っ」
唇を押し付けられ、舐められ、焦らされる。
もどかしい。これも酒のせいだというのか。こんな、こんな嫌な触り方をするやつとは思わなかった。こんな風に嫌らしく笑う笹山なんて知らない。
そう思うのに、鼓動は徐々に大きくなっていく。
着実に競り上がってくる熱に、呼吸すらも乱される。
「……これ、脱いじゃいましょうか」
濡れた唇を離した笹山は、そう言って俺の襟首に指をひっかけ、にこりと笑ったのだ。汗のせいか、それともさっきぶっかかった乾きかけのビールのせいかわからないがじんわりと肌に張り付いてくる感覚は確かに良いものではなかった。
けれど、俺はわかっていた。笹山の言葉が、俺をその気持ち悪さから開放させるためだけのものではないと。
「……脱がせろ」
「結構、原田さんって甘えん坊さんなんですね」
いいですよ、と目を細める笹山。俺自身なんでそんな風に言ってしまったのかわからない、俺も笹山もおかしかった。
酒の失敗はいくらでもあるが、このことは俺の後世に残るほどの失敗になるだろう。断言しよう。
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