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閑話
「なんだって?原田が辞めるだとッ?!」
『店長、声うるさ』
だからそう言ってんじゃん、と携帯越しに聞こえてくる紀平の声に俺は硬直した。
都内某所にあるマンション前。
原田佳那汰の履歴書に記入された住所までやってきていたところ、丁度突撃する直前に掛かってきた紀平からの電話に頭を殴られたような気分だった。
――だって、あいつが自らこのバイトを辞めるはずがないはずだ。
それなりの確信と根拠を抱いていた俺にとって紀平からの報せはにわか信じがたいものだった。
『ま、辞めるって本人から聞いたわけじゃないらしいけどね』
「どういうことだ」
『司君、パス。君から説明してやって』
こいつ、面倒臭がって人に押し付けるとは。
ガサガサと雑音が入った後に、すぐに聞き覚えのある声が端末越しに聞こえてきた。
『代わりました、時川です』
受話器から聞こえてきた相変わらず無愛想なその声は、ことの事情を説明始めた。
司の口から語られたそれは、あまり穏やかなものではなかった。
「ふむ……なるほどな。それは事件の香りがするな」
『店長、サスペンスの見すぎですよ』
いつの間にかに紀平と入れ替わったようだ、『ところで、店長今どこにいるんですか?』と聞いてくる紀平に、俺は「原田のマンションだ」と即答する。端末の向こうで紀平の呆れたような声が聞こえた。
『わあ、相変わらず無駄な行動力ですね。その内ストーカー行為で訴えられないよう祈っときます』
「人聞きの悪いことをいうな。電話に出ないからこちらから出向いただけだ」
『で、どうでした?かなたんいましたか』
声からしてにやにやと笑うあいつの顔が容易に浮かぶのが余計腹立たしい。俺は「これからだ」と言って通話を切った。
無駄にでかいこのマンションの507号室。
そこに原田佳那汰の部屋はあるはずだが、正直、いるかわからない。というかあの原田がこんな大層なマンションに暮らしているということに驚いた。
高校中退でまともな職歴がないあいつ。
育ちがよさそうにも見えなかったし、実家が金持ちのようにも感じなかった。……あくまでもこれは推測になるが原田を養っている人物の影が見えた。
先ほど司から聞いた原田の代わりに出てバイトを辞めさせるよう言った青年の存在がちらついた。
なんだか思った以上にややこしそうだな。
何度かインターホンから原田を呼び出そうとするが、反応は一切ない。ダメ元だったが、こうなると余計気になるというものだ。仕方ない、この場は諦めて一旦出直そう。
そう車へと戻ろうとロビーを出ようとしたときだ。
入れ違うように、マンションに一人の男が入ってくる。
短く整えられた清潔感漂う黒髪に涼しい顔。
どこかキツい目元に、一文字に結ばれた口許は頑固そうな印象を覚えた。……どこか見覚えのある顔だった。
グレーの細身のスーツを着た男はそのままインターホンの前に立ち、とある室号を入力した。
『0507』
原田の部屋だ。
やはり出ない住人に小さく舌打ちをしたスーツの男はそのまま苛立たしげに靴を鳴らしてマンションを出ていく。
擦れ違い様、俺の視線に気付いたスーツの男はこちらを一瞥し、そして駐車場に止められた車に乗り込んだ。
走り出す車を見送り、俺は自分の車へと乗り込む。
収穫はゼロ。
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