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「ふっ」
苛立ちと羞恥心から断固そっぽを向いていたのに、逸らした顔を頬肉ごと掴まれ、グリッと無理矢理前を向かされた。
まだ赤い顔のまま犯人を睨みつける。
職場のトイレで自慰に耽っていたのを指摘されるのは、恥ずかしすぎた。
恥ずかしすぎたが、睨まずにはいられないくらいムカついているのだ。
「うん……俺やっぱ先輩のそういう顔、ソソるっぽい」
「はッ? っン」
が、予想外にしみじみと俺の顔を眺めた三初は、とんでもないことを言ってぐっと顔を近づけた。
動揺した瞬間──濡れた熱が唇を覆う。
一回目は触れるだけだった唇が、緊張でカサついた俺の上唇を舌で濡らす。
なんでこんなことをされているのか、という疑問を抱く間もなく交わされた、中身ごと喰らわれるような深いキス。
「んッ……ん……ッは、ん……」
俺の呼吸のリズムを乱すような不規則な口付けで、上手く吐き出せなかった吐息が鼻から抜ける甘い音を奏で始める。
文句を言おうとした。
しかし驚きと混乱はあるが、それを抜いても頭がぼんやりとする。キスは別に気持ちがいいというより、心地がいいだけだ。
なんで俺、コイツとキス……そうだ、おかしくねぇか?
なんでシラフで男にキスすんだよ。
昨日ああも激しく抱いていた時も、キスなんて仕掛けてこなかったくせに。愛撫でもこんなことをしなかった男が、なんで。
それもこんな、かわいがるようなキス。
唇を柔らかく噛まれ、歯列を割って入り込む舌は上顎を擦り、俺の舌を攫う。
三初の熱い口の中でちゅ、っと強く吸われた。
「ぅあ、っぁ……」
それが今までになく気持ちいいもんだから嫌悪感がなくて、うっかりぼう、っとされるがままに貪られてしまう。
だがすぐに我に返った。
なんだもうこいつ。俺のことを振り回して、やりたいように弄びやがって。
俺はこいつの行動に頭を追いつかせるのに必死なのに、わけわかんねぇ。
腹立たしくも俺は四つ下の暴君にペースをかき乱されてばかりだ。どんどんムカついてきた。──好き勝手に人の口に猥褻行為を働きやがって……!
「つっ……!」
怒りのまま、俺はぬるりと歯列を割り込み俺の舌を絡めて遊んでいた三初の舌に、ガリッと思いっきり歯を立てた。
ビクンッ、と痛みにびくついて三初は舌を引っ込める。フン、ざまあみろ。
三初が引いたので頭を捩って体を離し、口元をゴシゴシ手の甲で拭いながら、鼻を鳴らしてせせら笑ってやる。
「ハンッ、舐めた真似してんじゃねぇぞ。俺を好き勝手弄びたきゃ口説き落として強請らせてみろよ、クソガキが」
ようやく一発お見舞してやれた気がしたので、俺はそう言ってやってから腕を組んで顎を反らせた。
口元をペロリと舐めて少し俯く三初を眺めていると酷く気分がいい。
俺の唇を蹂躙しやがったんだ。こんなもんじゃ溜飲が下がらないが、俺は優しい先輩だからな。
「……マジで、御割先輩アホだわな」
「あ?」
三初がボソッとため息まじりになにか呟いたが、小声すぎて聞き取れず訝しむ。
そうすると三初ならこれみよがしに馬鹿にしてきそうなのに、反応がなかった。
反撃されるかと思ったが、なんだ。おとなしいじゃねえか。
なんだか拍子抜けして、逆に落ち着かない。
個室から出て行こうにもドアの前の三初ご動く気配はないし、足の間に立たれているから俺は立ち上がれない。
……もしかして、マジで痛いのか?
思いっきり噛んだが、一瞬で離した。んだ、けど、痛くて話せねぇのか?
少し心配になって、伺うように目線だけ上に向けて三初を覗き込む。
痛い目見せたいとは思っていたが、そんなにガッツリ痛めつけたいわけじゃねぇ。俺はどっかの誰かと違ってドSじゃないからな。
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