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仕事だけではなくプライベートも時間を共有して、俺は三初を知り、悩みを無視できないくらいには思っている。
いけ好かないやつだろうが、それは先輩として当たり前のことだ。
「なんでこう、話の腰をバッキリやりやがんだテメェ。俺にお悩み相談したくねぇのか? しろよ、オラ」
「あぁ、うん。どうせそんなことだろうと思いました。例えで野球って言っただけなのに本気でその話引っ張るから、またかと」
「なんだよその期待してませんでしたーって顔は」
「当然でしょうよ。先輩こそ自分のド下手な気遣いモードを省みてものを言ってくださいね?」
「あぁ?」
ド下手な気遣いモード? と怪訝な顔をすると、トン、ともたれかかった肩に三初の肩が当てられ、ジロリとジト目で訴えられる。
「駅で俺が拗ねてるだとか謎解釈。からの、話を聞こうとして逆に拗ねる」
「べ、別に俺は、拗ねてなかっただろ」
「ハッ。そしてラブホのベッドでミラクルアホ回路炸裂。アホがアホな慰めをしようとして解釈違い。俺の繊細なハートがブレイク」
「先輩にアホ連呼するテメェのどこが繊細だチクショウ。それに俺のお察しは名推理だっただろォが。あれの他にどんな解釈があったってんだ」
「ほらもう現在進行形でアホ露呈してる先輩 にお悩み相談はできませんて。あのね? 人には向き不向きというものがあるんです。分不相応って知ってます? 片腹痛いでもいいですけど、とりあえずわきまえて?」
「いろいろとツッコミどころが満載過ぎるわこの先輩絶対おちょくるマンがッ!」
淡々と俺の過去の気遣いエピソードを説明され、申し訳ないと恥ずかしいより腹立たしいと殺意が芽生えてしまった。
急募。どなたかお客様の中にヒットマンはいらっしゃいませんか。
いたら今すぐこいつのわざとらしいにこやかな笑顔に、鉛玉をしこたま頼む。
料金は三初のへそくりを見つけ出して、スイス銀行にでも送り込んでやる。
ガルルル、と唸り声をあげ、浮かびすぎて立体的になっている青筋をピキピキと怒らせた。
怒りのままに睨んでもやはり三初、動じない。
チッ。こいつが俺の発言や行動に怯えたことなんか、ただの一度もねぇかんな。
そうしていると三初は深い溜息を再度吐き出し、おもむろに俺の額へ手を伸ばした。
「ッ、だッ」
「要するに、先輩が四苦八苦するお粗末なお悩み相談なんか、求めてないです。悩むのも結構楽しいし、俺の楽しみを誰かに分けたりしないんで」
容赦なく額をビシッ、と指先で弾かれ、痛みからつい肩をすくませてしまう。
三初はその一瞬の隙を逃さない。
同じ手で首筋をスリ、となでられ、不覚にも「ぅあ」とマヌケな声が漏れた。いや、急になんだなんだ。
突然の行動がわからず手を払いのけようとするが、先ほどからジワリジワリと高まっている体温に冷たい手のひらが気持ちいい。無意識に抵抗を止める。
警戒はしたまま見つめ返すと、愉快げにニンマリと三日月を三つ貼り付けた三初と、目があった。
三日月とはもちろん、細められた目と吊り上がった口元である。
「は……お悩み相談の代わりがお触りかよ。てか、ん、……触んなっ」
「顔赤いですね。なに、今更触られただけで照れてんの?」
「お前が指動かすからだろォがっ」
男に触られたくらいで照れるか。
そうされる前から火照り気味だっただけなのに、三初はからかい混じりの独自解釈でニヤニヤと責める。
含み笑いが気に食わず、俺の体温を奪って温くなった手をパシッ、と叩く。もう離せ、触んな。
手が離れて、首筋に触れていた肌の感触がなくなった。
いつも三初の行動にケチをつけると、しつこく嫌がらせをしてくる。
が、珍しく追い打ちがこない。
猫の瞳がス、と細まる。
「思考回路が噛み合わなくてめんどくさい相手でも、ソレがイイの。やめたくてもやめらんねぇの。興味持たせようとしても、思ったとおりの反応してくんねー……そーゆーとこが、好きなの。……ねぇ先輩、おわかり?」
「っ」
ドキ、と変に鼓動が早まった。小首を傾げて笑う三初の声が潜まり、色素の薄い瞳が俺を見透かすように視線で肌を突き刺す。
「は、はぁ……? わけわかんねぇ……」
「くくく。野球の話、デスヨ」
意味深な言い方で言われたかと思うと、あっさり身が離れた。
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