120 / 415

65

  ◇ ◇ ◇ 「じゃ、俺も帰ります」 「!」  空が赤く染まる夕暮れ時。  散々ごねて遊び倒して帰っていった中都を見送ったあと、三初はそう言って上着を手に取った。  明日は月曜日なのでなにもおかしくはないが、あっさりとした言葉に、俺は思わず肩を震わせる。  別に残念に思ったりしてねぇ。  晩飯も一緒に食べるだろうな、と思っていただけだ。  約束はしていないが普段ならそうで、だいたい泊まった次の日は晩飯を共にしてから別れる。  今晩は中華の気分だとか考えていたのに、なんとなくつまらない。  口がへの字になるが、それはまあいつものことだから、面白くないってのはバレてないと思う。  三初があっさりと帰るのがつまらないのも、恋を自覚した弊害だろう。  恋心はこれだから厄介なのだ。  俺は平静を装って腕を組み、ソファーにドサッ、と腰を下ろした。  大人だからな。スマートに対応してやる。 「オウ。じゃあな。…………。あー……昨日は世話になった。お前、なんか欲しいもんあるか?」  けれどスマートに対応するつもりが名残惜しい気がして、お礼をしようとしていたのにかこつけて会話を振った。  これはその、つい、だ。  意識したわけじゃない。……うん。  上着を着て荷物を持った三初の痛い視線を感じながら、素知らぬ顔でテレビを見る。近づいてくる気配も感じるが全然問題ない。余裕だ。ギシッ、とソファーが軋んだ。 「別に。って言うところですけど、なんかくれるんなら、保留で。考えておきますよ」 「そ、れを言うのに、俺にのしかかる必要性ってなんだよ。オイ」 「別に?」 「なでんな。お前の別にはどこになにを分別してんだっ」  背後からのしかかりつつ腕を回され、俺は一瞬ドキリとしてしまう。  更に頭をポンとなでられ、ついその手を首をひねって避けてしまった。別に嫌じゃねぇよ。嫌じゃねぇから避けちまうんだよチクショウ。 「……はぁ……」  すると三初は深く溜め息を吐いて、俺の頭頂部に顎を置いた。 「ね、先輩。聞きたいことがあるんですけど」 「あ? なんだよ」 「先輩の好きな人って誰ですか」 「ハッ!?」  な、なんでその話知ってんだ……ッ!?  予想外の言葉に、バッと首をひねって無理矢理振り向く。  夕日のせいだと誤魔化すには少し赤すぎる頬を晒し、俺は唇を間抜けに開閉するしかない。  三初はそれをじとーっとした目で見つめ、思考の読めない表情で迎え撃った。  とりあえず、一刻も早く離れやがれ。肘置きにすんな。いかに俺でも心音と体温は誤魔化せねぇんだよ、ちくしょうめ。 「ど、こでそう思ったか、知らねェけどな……そんなもんいねぇわ。仕事と甘味と娯楽少々が俺の恋人だかンな」 「いやあからさまに目を逸らしてますよね。ついさっきド焦りしてましたよね」 「知るかッ、全然記憶にねぇ」 「ほー。先輩、やっぱ記憶力お粗末すぎですねぇ。可哀想に、老化かな? 猫の額ほども脳ミソがないんですか? ん?」 「ンなチクチクトゲトゲした嫌味言ったってよ、知らねぇもんは知らねぇしな。一ミリも俺は好きな男とかいねぇし、惚れた腫れたとか、不得意中の不得意だしなッ」 「は? 好きな人男? アンタノンケじゃなかったワケ? ふざけんなよオイ」 「! い、今のは語弊があンだよッ! 言葉のあやとかそんなんで、そもそもお前に関係ねェし……ッ!」 「関係とかそれこそ関係ないでしょ? 俺が気になることは全て聞く権利があって、先輩には言う義務があるんです。アンタは俺のおもちゃで所有物なんですから、主に不明瞭な報告は許されないワケ。ね?」 「ね? じゃねぇ!」

ともだちにシェアしよう!