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◇ ◇ ◇
「じゃ、俺も帰ります」
「!」
空が赤く染まる夕暮れ時。
散々ごねて遊び倒して帰っていった中都を見送ったあと、三初はそう言って上着を手に取った。
明日は月曜日なのでなにもおかしくはないが、あっさりとした言葉に、俺は思わず肩を震わせる。
別に残念に思ったりしてねぇ。
晩飯も一緒に食べるだろうな、と思っていただけだ。
約束はしていないが普段ならそうで、だいたい泊まった次の日は晩飯を共にしてから別れる。
今晩は中華の気分だとか考えていたのに、なんとなくつまらない。
口がへの字になるが、それはまあいつものことだから、面白くないってのはバレてないと思う。
三初があっさりと帰るのがつまらないのも、恋を自覚した弊害だろう。
恋心はこれだから厄介なのだ。
俺は平静を装って腕を組み、ソファーにドサッ、と腰を下ろした。
大人だからな。スマートに対応してやる。
「オウ。じゃあな。…………。あー……昨日は世話になった。お前、なんか欲しいもんあるか?」
けれどスマートに対応するつもりが名残惜しい気がして、お礼をしようとしていたのにかこつけて会話を振った。
これはその、つい、だ。
意識したわけじゃない。……うん。
上着を着て荷物を持った三初の痛い視線を感じながら、素知らぬ顔でテレビを見る。近づいてくる気配も感じるが全然問題ない。余裕だ。ギシッ、とソファーが軋んだ。
「別に。って言うところですけど、なんかくれるんなら、保留で。考えておきますよ」
「そ、れを言うのに、俺にのしかかる必要性ってなんだよ。オイ」
「別に?」
「なでんな。お前の別にはどこになにを分別してんだっ」
背後からのしかかりつつ腕を回され、俺は一瞬ドキリとしてしまう。
更に頭をポンとなでられ、ついその手を首をひねって避けてしまった。別に嫌じゃねぇよ。嫌じゃねぇから避けちまうんだよチクショウ。
「……はぁ……」
すると三初は深く溜め息を吐いて、俺の頭頂部に顎を置いた。
「ね、先輩。聞きたいことがあるんですけど」
「あ? なんだよ」
「先輩の好きな人って誰ですか」
「ハッ!?」
な、なんでその話知ってんだ……ッ!?
予想外の言葉に、バッと首をひねって無理矢理振り向く。
夕日のせいだと誤魔化すには少し赤すぎる頬を晒し、俺は唇を間抜けに開閉するしかない。
三初はそれをじとーっとした目で見つめ、思考の読めない表情で迎え撃った。
とりあえず、一刻も早く離れやがれ。肘置きにすんな。いかに俺でも心音と体温は誤魔化せねぇんだよ、ちくしょうめ。
「ど、こでそう思ったか、知らねェけどな……そんなもんいねぇわ。仕事と甘味と娯楽少々が俺の恋人だかンな」
「いやあからさまに目を逸らしてますよね。ついさっきド焦りしてましたよね」
「知るかッ、全然記憶にねぇ」
「ほー。先輩、やっぱ記憶力お粗末すぎですねぇ。可哀想に、老化かな? 猫の額ほども脳ミソがないんですか? ん?」
「ンなチクチクトゲトゲした嫌味言ったってよ、知らねぇもんは知らねぇしな。一ミリも俺は好きな男とかいねぇし、惚れた腫れたとか、不得意中の不得意だしなッ」
「は? 好きな人男? アンタノンケじゃなかったワケ? ふざけんなよオイ」
「! い、今のは語弊があンだよッ! 言葉のあやとかそんなんで、そもそもお前に関係ねェし……ッ!」
「関係とかそれこそ関係ないでしょ? 俺が気になることは全て聞く権利があって、先輩には言う義務があるんです。アンタは俺のおもちゃで所有物なんですから、主に不明瞭な報告は許されないワケ。ね?」
「ね? じゃねぇ!」
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