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言いたいことも聞きたいこともあるが、言えないことのほうが多い。
噤む口しか持っていない状態でかかってきた着信をどうするかしばし悩み、迷子の子どものように画面を見つめる。
しかしこれを無視して余計に距離が広がるのが嫌で、結局は震える指先で緑のボタンを押した。
「な、なんだよ」
『それはこっちのセリフですよね。で、なんの用? 急にそっち行くとか、メッセは変に距離取ってるし。またミラクルアホ回路ですか』
「っ、距離取って、……べ、別に」
『は? ……なんか、怒ってます?』
「どこがだよ。それはお前だろ? ってか、俺が家に行ったらなんでダメなんだよ。お前、いつも勝手にくるくせに。……あ……まだ出先なのか?」
『あー……別に? 家ですけどね。今日は来ないでほしいだけ』
「なん、でだよ。なんか都合悪いのか? 言いたくなきゃ別にいいけど」
『はい。言いたくないです』
「そ……そうかよ。イブなのに出かけないのか、お前。一人で家に?」
『そうですよ。ずっと家にいました』
「……ん」
『……?』
三初が淡々と話すことなんかいつも通りで、それにどうこう思ったことなんかない。不遜なやつめと苛立ったことは、あるかもしれないけどな。
だが今はそれすら疑ってしまいそうだ。
なるべく乱暴な物言いにならないようにしているが、当然のように〝ずっと家にいた〟と言われると、返す言葉に詰まってしまう。
そういえば電話をかけた時のメッセージでも家だと言っていたことも、よせばいいのに思い出す。めんどうで雑に答えただけかもしれないのに、いちいち。
こんなにも臆病になっている自分に驚くし、腹が立った。
当たり前のように嘘を吐いた三初にも不安が増す。
嘘を吐く時ですら、動揺しない。
『やっぱ先輩、なんか変ですよ。なにがあったの? 今日は早く終わらせるために頑張って、そのあと周馬先輩と二人でどっか行ったんじゃなかったんですか? ……うまく、いかなかったとか?』
「? 冬賀は関係ねぇだろ。そうじゃなくて、お前が……」
『俺が?』
「い、いや……ただお前に最近迷惑かけ過ぎたって、思ってよ。悪かった。今日も手伝わせたし、あといつも。これからはちゃんと、お前に甘えたり頼ったりしないように……うまくする。そういうところを反省したっつう話だ。先輩としてさ」
『はっ、なにそれ』
通話の向こうでガタンッ、と音がした。
三初の声が低くなる。驚いている気がするけれどその感情の内訳はわからない。
そしてどうしてそんなにも機嫌を悪くするのかもわからない。
今更ながら甘えていたことに気づき謝ろうとした。いつものようなツンケンと突き放す言い方じゃなく、素直に謝罪できたはずだ。
じゃあこれから改めてよろしく、となるはずだった、のに、三初の反応が予想と全然違って俺はオロオロと狼狽する。
『待って。ちょっと待って。先輩としてって、なんか離れてません? うまくするってどういうことですか?』
「な、なんで怒ってんだよ……?」
『怒ってませんよ。展開が理解できないだけ。なんでそうなったの? 誰がそう言ったんだよ』
「別に誰でもねぇよ……俺が、俺が考えたんだよ。俺が自分でよ」
『それじゃ噛み合わない。なんでもないのにそんなこと考える人じゃないでしょ? わけわかんないこと言わないでくださいよそんなもん必要ないんですからめんどくさいな』
「っ、うるせぇよっ。俺だってなんにも考えてねぇわけじゃねぇっ」
ガタンッ、と今度は俺が思わずソファーを鳴らして立ちがった。
「わけわかんねぇのはお前だろうがっ! お望み通りの態度だろっ? 俺は、俺は今日お前の様子が変だと思ったから、自分を省みてちゃんと優しくしようって思って謝っただけだってのに……!」
いつものようにキレちゃダメだとわかっていても元々の短気がすぐに治るはずはなく、沸騰した頭がこらえきれずごちゃついた思考を限界とばかりに垂れ流す。
コイツがいつも俺をかき乱す。俺がどんどん変わっていく。それが止まらないから苦しくて仕方がない。
「だってお前、いつも俺のこと、めんどくせぇって言うじゃねぇか……っ」
『はー……拗ねてんですか? そりゃめんどくさいですよ、当たり前でしょ』
「っ……!」
けれど駄々をこねる子どもを相手取るような声音が聞こえて、頭にカッと血が上って、顔が真っ赤に染まった。
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